海外に特許出願をしようと調べ始めると、必ず出てくるのが「PCTルート」と「パリルート」という2つの選択肢です。
違いや制度を解説した記事は多く、情報自体は簡単に手に入ります。
それでも多くの中小企業が、この2つのルートの前で立ち止まります。
それは、制度が分からないからではありません。
どの国で事業を進めるのか
海外展開がどこまで広がるのか
今、この特許にどこまでの時間と費用をかけていいのか
こうした前提が固まらないまま、「どちらが正しいか」を選ぼうとしているからです。
PCTルートかパリルートかは、海外進出のフェーズや事業の進め方が整理されていく中で、はじめて選べるようになるものです。
この記事は、PCTルートとパリルートの制度を網羅的に解説することを目的としていません。
その代わりに、中小企業が海外進出を進める中で、
「どの前提条件なら、どちらを選ぶと無理が出にくいのか」
という判断の考え方を整理します。
「知っている」から「決められる」へ。
海外特許出願を、事業として前に進めるための視点を、一緒に確認していきましょう。
PCTルートとパリルートで迷う中小企業が増えている理由
PCTルートとパリルートについて調べると、「制度の違い」「メリット・デメリット」「費用や期限」といった情報はすぐに見つかります。
それでも、多くの中小企業は最終判断に踏み切れません。
理由はシンプルです。
海外進出そのものが、まだ確定しきっていない状態で判断を迫られているからです。
たとえば、次のような状況は珍しくありません。
- 海外展示会や代理店の話が出始めたばかりで、国はまだ仮説段階
- 1カ国で終わるのか、将来は複数国に広がるのか読めない
- 事業としてどこまで投資するか、社内で腹落ちしていない
この状態で「PCTとパリ、どちらが正しいか」を選ぼうとすると、どうしても判断が止まります。
さらに、もう一つ迷いを深くしている要因があります。
それは、特許の選択が“事業判断”であるにもかかわらず、“制度判断”として扱われがちな点です。
制度上は、
・より広く
・より柔軟に
・将来の選択肢を残せる
という説明がされることが多く、結果として
「とりあえずPCTにしておくのが安全そうだ」という結論に引き寄せられがちです。
しかし、海外進出の初期段階では、「選択肢を残すこと」そのものが、事業の前進を遅らせることもあります。
一方で、「国を先に決める必要がある」という理由だけでパリルートを早々に除外してしまうケースもあります。
これは、パリルートを“制約の多い制度”として見てしまっている状態です。
このように、PCTルートかパリルートかで迷う背景には、制度の難しさではなく、事業の前提が整理しきれていない現実があります。
次の章では、この迷いを解消するために、制度の比較ではなく、海外進出の前提条件から考える視点を整理します。
海外進出の前提条件で変わる、PCTルートとパリルートの考え方
PCTルートとパリルートのどちらを選ぶべきか。
この問いに答えるために、最初に整理すべきなのは特許制度そのものではありません。
重要なのは、自社の海外進出が、今どの段階にあるのかという前提条件です。
海外進出は、一気に完成形に進むものではありません。
多くの中小企業では、次のようなプロセスをたどります。
- 海外市場に関心を持ち始める
- 展示会や問い合わせを通じて反応を探る
- 国や販売方法を仮説として設定する
- 手応えを見ながら、投資や体制を固めていく
このどの段階にいるかによって、PCTルートとパリルートの意味合いは大きく変わります。
判断軸① 国や地域がどこまで固まっているか
すでに進出候補国が1〜2カ国に絞れている場合と、今後どの国に広がるか全く見えていない場合では、選ぶべきルートは同じになりません。
- 国が仮説段階に近い
- 将来の広がりを見たい
こうした場合は、時間を使って考える余地を残せるルートが意味を持ちます。
一方で、
- 国がほぼ決まっている
- その国での事業スピードを重視したい
この場合は、早く権利の土台を押さえる考え方が現実的になることもあります。
判断軸② 海外事業のフェーズは「検証」か「実行」か
海外進出の初期では、多くの企業が「本格展開」ではなく「検証」を行っています。
- 売れるかどうかはまだ分からない
- 代理店や顧客の反応を見たい
- 事業継続の判断はこれから
このフェーズでは、特許をどこまで確定させるかも慎重に考える必要があります。
一方で、すでに
- 現地パートナーが決まっている
- 取引条件や販売計画が具体化している
といった状況であれば、特許は「検討材料」ではなく事業を進めるための前提条件になります。
判断軸③ 今、どこまでの費用と判断を引き受けられるか
PCTルートとパリルートの違いは、最終的な費用だけでなく、費用と判断が発生するタイミングにも表れます。
- 今はまだ判断を先送りしたいのか
- それとも、早めに方向を定めたいのか
ここを曖昧にしたまま制度を選ぶと、後になって「こんなはずではなかった」と感じやすくなります。
PCTルートとパリルートは、どちらが安心できるか、どちらが安く済むかで選ぶものではありません。
自社の海外進出が、今どの段階にあるかによって、取るべき選択が変わります。
この視点を持つことで、次の章からの具体的な判断が、ぐっと現実的になります。
PCTルートが向いているのは、どんなケースか
PCTルートは、海外特許出願の中でも「国際的」「柔軟」「将来に備えられる」と説明されることが多い制度です。
ただし、それが意味を持つのは、ある前提条件がそろっている場合に限られます。
中小企業にとって、PCTルートが比較的向いているのは、次のようなケースです。
進出先の国や地域が、まだ大きく揺れている場合
海外進出を検討し始めたばかりで、
- どの国が本命になるか分からない
- 1カ国で終わるのか、複数国に広がるのか見えていない
- 市場調査や商談の結果次第で、方向転換する可能性がある
こうした状況では、すぐに国を確定させないという選択に意味があります。
PCTルートは、「まず国際出願を行い、その後に国内移行先を決める」仕組みです。
この特性は、事業の見通しを立てる時間が必要な企業にとって、一定の猶予を与えてくれます。
海外事業のスケールが、まだ読めない場合
海外進出において、
- どの程度の売上規模を目指すのか
- 事業が継続的に拡大するか
- 知財投資をどこまで厚くする必要があるか
これらがまだ仮説段階の場合、最初から国ごとの出願を確定させる判断は重くなりがちです。
PCTルートは、将来の拡大可能性を見ながら判断を先送りできるという点で、検証フェーズとの相性が比較的良い制度と言えます。
社内で「今は判断を保留する」合意が取れている場合
PCTルートを選ぶうえで、意外と重要なのが社内の認識です。
- 今回は「決める」より「考える」フェーズである
- 国内移行時に、あらためて意思決定を行う
- その判断に向けて情報を集める
こうした前提が社内で共有されていないと、PCTルートは単なる「先送り」になってしまいます。
逆に言えば、判断を先に延ばすこと自体が戦略として認識されている場合には、PCTルートは有効に機能します。
PCTルートは、不確実な状況に対応するための制度です。
しかし、不確実さそのものを解消してくれるわけではありません。
次の章では、この点を踏まえたうえで、あえてパリルートを選んだほうが進みやすい中小企業の特徴を整理します。
パリルートを選んだほうが進みやすい中小企業の特徴
パリルートというと、「国を先に決めなければならない」「柔軟性が低い」といった印象を持たれがちです。
しかし、中小企業の海外進出では、あらかじめ条件がある程度そろっているケースも少なくありません。
そうした場合、パリルートのほうが、結果的に事業を前に進めやすいことがあります。
進出先の国が、すでに1〜2カ国に絞れている場合
- 特定の国から引き合いがある
- 展示会や商談を通じて、手応えのある市場が見えている
- まずは1カ国で形を作りたい
こうした状況では、国を確定させること自体が、事業を前に進める判断になります。
パリルートは、優先権を基に、最初から特定の国で出願を行う仕組みです。
この特性は、「まずはここで勝負する」と決められる企業にとって、非常に分かりやすく、実行に移しやすい選択肢です。
事業スピードを重視したい場合
海外進出では、スピードがそのまま競争力になる場面も多くあります。
- 競合がすでに動いている
- 代理店や取引先から、権利状況を確認されている
- 事業化のタイミングが見えている
このようなケースでは、早く権利の土台を示せることが重要になります。
パリルートは、国内移行を待つ必要がなく、最初から各国の手続きに進めるため、事業のテンポと合わせやすい側面があります。
海外事業を「検証」から「実行」に移し始めている場合
海外進出の初期段階を超え、
- 現地パートナーが具体化している
- 販売方法や価格の方向性が定まっている
- 社内で一定の投資判断ができている
こうした状況では、特許は「将来の可能性」ではなく、今進める事業を支える基盤になります。
このフェーズでは、判断を先送りするよりも、あえて決めて進むほうが、事業全体が整理されることもあります。
パリルートは、提条件がある程度そろっている企業にとって、無理のないスピード感で事業を進めるための現実的な選択肢です。
ここからは、それぞれのルートを選んだ場合に、実務の中でどう進み方が変わるのかを確認していきます。
PCTルートを選んだ場合に、進め方が変わりやすいポイント
PCTルートは、進出先の国をすぐに確定させず、検討を続けながら次の判断に進める仕組みです。
そのため、PCTルートを選ぶと、特許と海外事業の進め方の関係性が、次のように変わりやすくなります。
- 国を決める判断が、後半に回る
- 特許と並行して、市場検証や商談が進む
- 事業の状況を見ながら、次の判断を行う流れになる
一方で、実務の中では、
- 「次の判断を、いつ行うのか」が曖昧になる
- 特許と事業の検討が、別々に進んでしまう
- 国内移行のタイミングで、改めて整理が必要になる
といった場面も見られます。
PCTルートを選ぶ場合は、検討期間をどう使うのか、どの段階で何を決めるのかを、あらかじめ意識しておくことが重要になります。
パリルートを選んだ場合に、事業と特許の距離が近くなる点
パリルートでは、出願する国を決めたうえで、各国での手続きに進みます。
そのため、パリルートを選ぶと、特許と事業の動きが、より密接に連動しやすくなります。
具体的には、
- 出願国と、営業・販路の対象国が一致しやすい
- 特許の話が、事業計画や商談と結びつきやすい
- 権利の位置づけが、社内外で共有しやすくなる
といった変化が生まれます。
一方で、
- 出願後の動き方を、事業側でも考える必要がある
- 市場の変化に応じて、判断を見直す場面が出てくる
- 特許を「取ること」より「使うこと」が意識される
という点では、事業側の関与も自然と大きくなります。
パリルートを選ぶ場合は、特許を事業の一部としてどう使うかを、早い段階から意識できるかどうかがポイントになります。
PCTかパリかを決める前に、社内で確認しておきたい3つの問い
ここまで見てきたように、PCTルートとパリルートの選択は、制度そのものよりも、事業の前提条件に強く影響されます。
そこで、最終判断に入る前に、次の3つの問いを社内で確認しておくことをおすすめします。
問い① どの国で「事業として動く」前提なのか
- 今回の海外進出は、どの国を想定しているのか
- それは検証なのか、本格展開なのか
- 1カ国で形を作るのか、複数国を視野に入れているのか
この問いに答えられないまま制度を選ぶと、PCTでもパリでも、判断が宙に浮きやすくなります。
国を決めること自体が目的ではなく、事業として動かす前提を揃えることがポイントです。
問い② いつまでに、何を決める必要があるのか
- いつまでに進出国を決めたいのか
- どのタイミングで投資判断を行うのか
- その判断に向けて、何を確認する必要があるのか
PCTルートを選ぶ場合でも、「いつまでに決めるか」を設定していなければ、判断は自然と先延ばしになります。
逆に、期限と判断内容が明確であれば、制度は意思決定を支える道具として機能します。
問い③ 今回の海外進出を、どこまで本気でやるのか
少し踏み込んだ問いですが、ここを避けて通ると、特許の選択は必ずブレます。
- 今回は試すだけなのか
- 事業として育てる覚悟があるのか
- 途中でやめる可能性をどこまで想定しているのか
正解は一つではありません。
大切なのは、社内で同じ前提に立てているかです。
この3つの問いに向き合うことで、PCTルートかパリルートかという選択は、
「迷う問題」から「整理すれば決められる問題」に変わります。
次の章では、特許出願を単独で考えるのではなく、海外進出全体の中に位置づけ直す視点を確認します。
特許出願は「海外進出の一部」全体設計から考えよう
PCTルートかパリルートか。
ここまで読み進めてきた方は、この選択が特許制度だけの問題ではないことに気づいているはずです。
海外特許は、海外進出を進めるための重要な要素のひとつですが、それ単体で事業が前に進むわけではありません。
- どの国で売るのか
- どのように市場を開拓するのか
- どこまで投資するのか
- どの順番で判断していくのか
こうした全体設計がないまま特許だけを決めると、PCTでもパリでも、あとから無理が生じやすくなります。
パコロアでは、海外進出全体の中で、特許に関する判断が事業の進め方と無理なく噛み合っているか、という視点から整理を行っています。
- まだ国選びが仮説段階の場合
- 海外事業の優先順位が定まっていない場合
- 特許判断と、販路・市場検証がずれている場合
こうした状況では、いきなり「PCTかパリか」を決めるよりも、まず立ち止まって前提を整理することが、結果的に近道になることもあります。
もし今、
- PCTルートとパリルートで判断が止まっている
- 制度は理解したが、自社に当てはめきれない
- 海外進出そのものを、どこから整えるべきか迷っている
そんな状態であれば、特許の話だけでなく、海外進出全体の進め方から一緒に整理することができます。
判断を急がず、でも止まり続けないために。
海外進出を事業として前に進めるための整理が必要な場合は、いつでもパコロアの無料相談をご利用ください。