SaaSの海外展開は、国内市場の頭打ちや競合の増加を背景に、多くの企業が真剣に検討するテーマになっています。
しかし、何から手を付けるべきかが分からず、初期の判断に迷い、結果として数年間進めないままというケースも少なくありません。
とくに中小のSaaS企業にとっては、ローカライズ、GTM、市場選定、法務対応など、やるべき領域が幅広く、社内だけで判断するには負荷が大きいのが現実です。
一方で、海外展開は大規模投資が必要な特殊プロジェクトではなく、正しい順番と適切な検証プロセスさえ押さえれば、中小規模のSaaSでも十分に実現できます。
実際、工数の軽い業務改善系SaaSにおいて、アジア圏や北米の一部市場への進出を狙う日本企業も出始め、中小SaaS企業にとって『まず試せる海外展開モデル』として注目されています。
本記事では、海外展開を検討しているSaaS企業に向けて、最初の判断軸から現地向けの製品調整、技術基盤、販売プロセス設計(GTM)、リスク管理までを実務目線で整理し、どこから動き始めるべきかを具体的なロードマップとして紹介します。
大きく構えすぎず、小さく検証しながら進めるための考え方をまとめているため、これから海外展開を検討する企業にも、既に着手している企業にも役立つ内容です。
それでは、海外展開の第一歩となる「どこから始めるべきか」から見ていきましょう。
SaaSの海外展開はどこから始めるべきか
SaaSの海外展開は、国内市場が成熟段階に入りつつある現在、多くの企業が検討せざるを得ないテーマになっています。
しかし、企業が最初に直面するのは、取り組みの範囲が広すぎることによる混乱です。
市場選定、ローカライズ、契約、技術基盤、サポート体制など、考えるべき項目は非常に多く、結局どこから動き出すべきかが分からないまま時間だけが経ってしまうケースはよくあります。
まず押さえておきたいのは、SaaSの海外展開には「順番」があるという点です。
順番を間違えると、初期投資が膨らんだり、ローカライズに過度な工数を使ってしまったり、販売チャネルが確立できないまま撤退する状況にもつながります。
一方で、正しい順番で進めれば、検証を小さく切り出しながら前に進むことができ、リスクを抑えた展開が可能になります。
ここでは、海外展開に踏み出す前に理解しておきたい「国内市場の状況」と「海外が難しくなる三つの理由」を整理します。
国内市場の限界と海外展開が必要な理由
日本のSaaS市場は拡大しているものの、競争は年々激しくなっています。
特に業務改善系のSaaSは参入企業が増え、価格競争や機能比較が中心になりがちです。
また、国内市場は企業数自体が限られているため、特定の業界向けSaaSでは成長の上限が見えやすいのも特徴です。
一方、海外には市場規模がまだ十分に開拓されていない国や、デジタル化が遅れている国も多く存在します。
アジアや中東などの新興国では、SaaS普及の伸びしろが大きく、日本の中小SaaSでも十分にチャンスがあります。
市場が大きいほど競争も増えますが、ニッチ領域や業界特化型SaaSであれば、海外で先に存在感を作ることも今なら難しくありません。
海外展開が難しいと言われる三つの理由
海外展開は魅力的な一方で、多くの企業が途中で止まってしまう理由があります。
ここでは特に中小SaaSでよく見られる三つの課題を整理します。
1つ目は、市場の違いを軽視してしまうことです。
海外は日本とはニーズも競合もユーザーの使用行動も異なります。
ニーズを十分に理解せずプロダクトをそのまま持ち込んでしまうと、期待した評価が得られません。
2つ目は、ローカライズの負荷を正しく見積もれないことです。
翻訳だけで対応できると思って準備を進めても、実際は契約方法、サポート体制、支払い手段など、多くの領域で追加の調整が必要になります。
3つ目は、販売チャネルの構築難易度です。
海外では、紹介や関係性に頼った営業が通用しにくく、商慣習も日本と異なります。
現地パートナーの選定や、デジタルマーケティングによるリード獲得など、仕組みで売る方法を設計しなければ安定的な販売にはつながりません。
これらは決して乗り越えられない障壁ではなく、正しく順番を踏めばリスクを大幅に抑えながら取り組むことができます。
次の章では、最初に行うべき市場選定の考え方について具体的に見ていきます。
まず最初に決めるべきは「ターゲット国」と「勝てる市場」
海外展開で最初に行うべきことは、営業方法の検討でも、翻訳作業でもありません。
最初に決めるべきは「どの国で勝負するか」です。
ターゲット国が曖昧なまま動き始めると、ローカライズもGTM設計も定まらず、結果的に工数が膨らむ原因になります。
ターゲット国の決定は、プロダクトの強みと海外の市場ニーズを重ね合わせる作業です。
市場が大きければ良いわけではなく、競合状況やデジタル環境、導入ハードルなど、複数の要素を総合的に見て判断する必要があります。
ここでは、判断材料として最低限押さえておきたい三つの観点を紹介します。
市場調査で見るべき指標
市場調査というと大規模な分析を想像しがちですが、最初から完璧を求める必要はありません。
まずは、SaaSの導入可能性を判断するための基礎的な指標を抑えることが重要です。
はじめに見るべきは、対象業界のデジタル化の進み具合です。
紙・エクセル中心の国と、すでにSaaSが一般化している国を比べると、必要なローカライズや導入ハードルがまったく異なります。
次に、競合の存在を確認します。
海外にはすでに類似サービスが多数存在するケースが多いため、競合のポジションやターゲットを知ることで、自社が狙える隙間が見えてきます。
さらに、国ごとの価格感覚も重要です。
同じプロダクトでも、許容される価格帯は国によって大きく異なります。
例えば、アジア新興国では月額数十ドルでも高価格帯になる場合があり、北米では機能とサポート次第で高単価が許容されるケースもあります。
このように、市場規模だけで判断せず、デジタル化レベル、競合の強さ、価格受容性をセットで見ることで、プロダクトに適した市場を選びやすくなります。
英語圏 vs アジア圏:どちらがSaaSに向くか
英語圏は参入しやすい印象がありますが、実際には競合が多く、差別化が難しい傾向があります。
アメリカやイギリスなどは市場が大きい一方、既存プロダクトの成熟度が高いため、新規参入には強い独自性が求められます。
一方、アジア圏は市場によりデジタル化の進み具合が異なるものの、中小企業向けの業務改善系SaaSにとっては狙いやすい地域です。
特に、東南アジアではニッチ領域のSaaSが不足している国も多く、日本企業の細やかな設計思想がそのまま価値になることがあります。
どちらを選ぶかはプロダクトの性質によりますが、競争の激しさよりも「必要とされる場所」を選ぶ方が、小さく成功体験を作りやすいのが現実です。
競合分析:海外SaaS企業の勝ち筋を読む方法
海外市場では、既に成功しているプレイヤーの分析が大きなヒントになります。
競合の価格帯、ターゲット層、提供価値、マーケティング手法などを整理することで、自社が取るべきポジションが自然と見えてきます。
注意したいのは、「海外の競合と正面から同じ勝負をしない」ことです。
日本発SaaSは機能の細かさ、UIの繊細さ、導入支援の丁寧さに強みがあります。
これらを前面に出すことで、海外企業とは異なる価値を提供できます。
競合の成功パターンをそのまま真似るのではなく、競合が提供していない価値を探し、そこを起点に市場への入り口を作る方が成功しやすい傾向があります。
次の章では、市場を決めた後に向き合う「ローカライズ」の考え方について解説します。
ローカライズは翻訳ではなく設計変更:SaaS企業が陥る誤解
SaaSの海外展開では、「翻訳すれば使ってもらえる」という誤解が起こりがちですが、実際には“設計そのもの”を現地向けに変える必要があります。
海外ユーザーは、言語だけでなく UI/契約/支払い方法/導入フローなど、さまざまな要素を総合的に評価し、自社の業務にフィットするかどうかを判断します。
特にSaaSでは、初期体験(オンボーディング)がスムーズでなければ定着率が大きく低下するため、ローカライズは「翻訳作業」ではなく「プロダクトの再設計」と捉えるのが重要です。
ここでは、海外向けに必ず調整が必要になる三つの要素を整理します。
UI/UXのローカライズ
海外ユーザーは、日本のユーザー以上に「直感的に使えるか」を重視します。
文字量の多いUIや複雑な操作フローは、最初の段階で離脱の原因になります。
また、国によって数字表記、日付の並び、単位の扱いなどが異なるため、細かなUI調整が必要になることもあります。
UIの調整は、単に表示の違いだけでなく、ユーザーが迷いにくい導線を設計し直すことが目的です。
たとえば、チュートリアル画面を追加したり、初期設定を簡略化することで、海外ユーザーが自力で導入できる環境を整えることができます。
契約・支払い方法のローカライズ(超重要:MoRの考え方)
契約と支払いは、SaaS海外展開で最初に直面する壁です。
多くの日本企業は「英語で請求書を発行できれば問題ない」と考えがちですが、海外では支払いの慣習や税制が大きく異なります。
特に重要なのが MoR(Merchant of Record) という概念です。
MoRとは、決済において「販売者として記録される主体」のことで、現地の税務処理やVAT、返金対応の責任を負う役割です。
ここで誤解しやすいのは、Stripeは決済ゲートウェイであり、MoRではない という点です。
Stripeを使う場合、税務処理やVAT対応は基本的に自社で行う必要があります。
一方で、PaddleやPayProのようにMoRモデルを採用しているサービスでは、課税処理、返金処理、コンプライアンス対応をMoR側が担ってくれるため、SaaS企業の負担を大きく軽減できます。
国際課金を行うSaaS企業にとって、MoRを活用するかどうかは早期に検討すべき重要事項です。
支払い方法だけでなく、契約期間、更新条件、請求通貨の設定なども国ごとに調整する必要があります。
導入プロセスを海外用に再設計する方法
海外ユーザーは、導入に対して日本ほど“密なサポート”を期待しませんが、その分セルフオンボーディングのしやすさを強く求めます。
海外向けには、以下のような再設計が効果的です。
・初期設定を極力自動化する
・導入手順を画面内に表示する
・「まずは試せる状態」を短時間で作る
・FAQやヘルプページを英語で整備する
海外SaaSで成功している企業は、導入のしやすさを徹底的に最適化しています。
プロダクトの“重さ”を改善することができれば、導入のハードルは大きく下がります。
ローカライズは一度きりの作業ではなく、現地ユーザーのフィードバックを取り入れて継続的に改善していくプロセスです。
プロダクトを使う側の視点に立ち、どこで迷うのか、何が障害になるのかを想定して調整していくことが、海外展開の成功率を高めます。
次の章では、ローカライズ後に必要となる「Go-to-Market」の考え方を解説します。
海外向けGo-to-Market戦略:売れる仕組みを作る
ローカライズの方針が見えてきたら、次に取り組むべきは「売れる仕組み」を設計することです。
SaaSの海外展開では、プロダクトの魅力だけでは継続的な販売につながりません。
海外の商習慣や顧客行動は日本と異なり、関係構築や紹介に頼る営業は再現性が低いため、仕組みでリードを獲得し、安定的に契約へつなげるGo-to-Market戦略が必要です。
ここでいうGo-to-Market(GTM)とは、プロダクトをどの顧客に、どのチャネルを通じて、どのような流れで届けるかを設計する取り組みを指します。
日本語では市場投入戦略といった意味合いで、SaaS企業では販売プロセスの再現性をつくる基本的な考え方です。
ここでは、最初の一歩として押さえておきたい販売チャネル、現地パートナー、デジタルマーケティングの考え方を紹介します。
最初の販売チャネルの選び方
海外展開では、複数のチャネルを同時に進めるのではなく、まず一つのチャネルを明確に選び、検証を重ねる方法が安定します。
一般的には以下の三つの選択肢があります。
一つ目は、セルフサービス型です。
プロダクトが直感的に使え、価格帯が比較的低い場合には、ユーザー自身がオンラインで登録し、そのまま使用開始できる導線を整える方法です。
リード獲得から契約までのプロセスが短く、初期段階ではもっとも検証しやすいチャネルです。
二つ目は、インサイドセールスを活用した販売です。
問い合わせからオンラインデモにつなげ、短期間で契約するモデルで、中小企業向けの業務改善SaaSとの相性が良い手法です。
英語対応の人材確保や、営業資料の整備が必要になりますが、比較的スピーディーに成果が出やすい方法です。
三つ目は、現地代理店や販売パートナーを活用する方法です。
現地企業が既に持っている顧客リストを活かせるため、特定の業界にターゲットを絞る場合に効果的です。
ただし、パートナー任せにすると導入が進まないケースもあるため、役割分担や目標設定を明確にする必要があります。
自社のプロダクトとターゲット市場に合わせ、まず一つのチャネルに絞って小さく検証することで、過剰な費用をかけずに販売の仕組みを作ることができます。
現地販売パートナーの見極め方
海外パートナーは、単に紹介をしてくれる会社ではなく、販売戦略における一つの軸です。
選定を誤ると、商談が進まないだけでなく、市場からのフィードバックも得られず、展開のスピードが落ちてしまいます。
重要なのは、パートナーが持つ顧客層と、自社のSaaSのターゲット市場が一致しているかどうかです。
幅広い顧客を持っている企業よりも、特定の業界や用途に強い企業の方が、SaaSの価値を正しく伝えられることが多いです。
また、評価すべきポイントは、パートナーがどれだけ実行できる体制を持っているかです。
営業人数、技術サポートの有無、導入支援の経験など、SaaSを販売するための基本能力が整っている企業ほど、短期間で成果が出やすい傾向があります。
パートナー任せにしすぎず、定期的なミーティングや成果の共有を行うことで、双方の動きを揃えやすくなります。
デジタルマーケティング:リード獲得の現実的な手段
海外では、展示会や紹介に頼らず、デジタルマーケティングでのリード獲得が重要です。
ただし、いきなり大規模予算で広告を回すのではなく、まずは小さな仮説検証から始めるのが現実的です。
代表的な方法は、検索広告、SNS広告、ホワイトペーパーのダウンロード誘導、ウェビナー開催などがあります。
検索広告は意図の高いリードを獲得しやすく、ホワイトペーパーはリード nurturing に活用できます。
また、LinkedInやFacebookなどのSNS広告は、業界や職種を絞ったターゲティングが可能です。
注意したいのは、広告単体に成果を期待しすぎないことです。
広告はあくまでリード獲得の入口であり、その後のナーチャリングやオンラインデモ、トライアル導入の導線が整っていることで初めて成果につながります。
海外展開で成功している企業は、広告、デモ、トライアル、サポートを一つの流れとして設計し、リードが自然に契約へ進む仕組みを作っています。
次の章では、海外展開で見落とされがちな技術インフラについて解説します。
SaaS海外展開の“見落とされがちな技術インフラ”
海外展開というと、市場調査やローカライズが注目されがちですが、実際には「技術インフラ」が成功率を大きく左右します。
海外ユーザーが快適に使えない状態では、どれだけ優れた機能やマーケティング戦略を用意しても成果は生まれません。
しかし、多くの中小SaaS企業では、クラウド選定や通信最適化は後回しになりがちで、実際に展開を始めてから課題が発生するケースが少なくありません。
ここでは、海外で安定的にSaaSを利用してもらうために重要な三つの技術要素を、判断のポイントとともに紹介します。
クラウドプロバイダー比較(AWS / Azure / GCP)
海外展開では、クラウドプロバイダーの選定が直接的にユーザー体験を左右します。
AWS(Amazon Web Services)、Microsoft Azure、Google Cloud Platform(GCP)はいずれも世界各地にデータセンターを持っていますが、国や地域により得意分野が異なります。
AWSは対応地域が広く、選べるリージョンが多いため、まず検討されることが多い選択肢です。
Azureは企業システムとの相性がよく、Microsoft製品を多く使う国では優位性があります。
GCPはデータ分析や機械学習との親和性が高く、特定の領域では高い強みがあります。
重要なのは、自社プロダクトの特徴と、主要ユーザーがどの地域にいるかを基準に選ぶことです。
たとえば、アジア圏をターゲットにする場合、シンガポールやムンバイなど近隣リージョンが安定しているクラウドを選ぶことで、通信速度が大幅に改善されます。
リージョン / データセンターの最適化
クラウドを選んだ後に必要なのは、ターゲット国に最適なリージョンを設定することです。
ユーザーの多い地域から物理的に遠いリージョンを利用してしまうと、画面表示やデータ処理が遅くなり、利用継続率に影響します。
初期は日本リージョンだけで始めるケースも多いですが、ユーザー数が増えてきたタイミングで海外リージョンを追加し、データのレプリケーションを検討する方法もあります。
最初から複数リージョンを構築する必要はなく、段階的に拡張すれば十分です。
また、国によってはデータを国内に保存する規制があるため、最初にターゲット国のデータ保護ルールを確認することも重要です。
法規制への対応は後述しますが、各国のデータの取り扱い方針がプロダクト構成に影響することを理解しておく必要があります。
海外ユーザーの通信速度を改善する方法(CDNなど)
通信速度は海外SaaSの満足度に大きく関わる要素です。
とくに、UIが複雑な業務改善SaaSほど、画面遷移の遅さがストレスになりやすく、離脱の原因になります。
代表的な対策は、CDN(Content Delivery Network)の活用です。
CDNは静的ファイルをユーザーに近いサーバーから配信できるため、読み込み速度を大幅に改善します。
また、画像やスクリプトの最適化、不要なファイルの削除など、技術的な改善も合わせて行うことで、海外ユーザーへの負荷を減らすことができます。
通信の最適化は、目立たないようでいて、海外展開の成功率を大きく支える要素です。
プロダクト側の改善だけでなく、バックエンドや配信方法の見直しが、結果としてユーザー満足度の向上につながります。
次の章では、技術面と並行して重要になる「ブランドローカライズとカスタマーサクセス」について解説します。
ブランドローカライズとカスタマーサクセス
海外展開では、プロダクトそのものの品質だけでなく、「ブランドの伝わり方」や「サポート体制」が事業の成長を左右します。
機能の優位性だけでは選ばれにくくなっている今、現地ユーザーとの関係性をどのように築くかが重要な判断軸になります。
SaaSは一度導入されると長期間使われるモデルであるため、契約後の顧客体験(オンボーディング、サポート、成功体験の共有)が継続率を大きく左右します。
海外では日本以上に、顧客とのコミュニケーション設計が重要視されることを理解しておきたいところです。
ここでは、ブランドの伝え方とカスタマーサクセスの構築を三つの視点で整理します。
国ごとの顧客エンゲージメント設計
海外のユーザーは、日本企業の丁寧な対応を好む一方で、スピードや自助努力による解決を重視する傾向があります。
そのため、顧客エンゲージメントの方法を国ごとに調整する必要があります。
例えば、北米ではドキュメントやFAQの整備、セルフオンボーディングのしやすさが重要になります。
一方、アジア圏ではチャット対応やオンラインデモの重要度が高く、いわゆるハイブリッド型のサポートを好む傾向があります。
重要なのは、自社の体制に合わせるのではなく、ユーザーの期待値に合わせたサポート設計を行うことです。
海外展開の初期段階では、国ごとにサポートやオンボーディング設計を細かく分けるのではなく、汎用的な基本設計をつくり、各国のフィードバックに応じて調整していく方法が現実的です。
サポート体制をどう構築するか
海外向けSaaSで継続率を高めるには、サポート体制を無理のない形で整備することが重要です。
大規模なサポートセンターを設ける必要はなく、まずは最低限の体制として、以下の三つを整えると効果的です。
一つ目は、英語で利用できるFAQやヘルプページの整備です。
利用者が自力で問題を解決できるようにしておくことは、海外では当たり前の期待値です。
二つ目は、チャット対応や問い合わせフォームを通じた一次対応です。
すぐに回答できなくても、受け付けの反応があるだけで安心感が生まれ、解約につながる不安を軽減できます。
三つ目は、導入初期に重点的なフォローを行うことです。
特に導入1〜2カ月は離脱が起きやすい期間であり、オンボーディングの成功率を高めることが継続的な収益につながります。
ユーザーの操作ログを確認し、つまずきそうなポイントを事前に把握してフォローする方法も有効です。
海外向けのカスタマーサクセスは、日本以上に「仕組み」で成立します。
属人的な対応に頼りすぎず、誰が担当しても一定のサポート品質が保たれるような軽い運用設計をめざすことが大切です。
成功率を上げるフィードバックループの作り方
海外展開では、現地のユーザー行動や要望を、プロダクトにどれだけ早く反映できるかが強みになります。
顧客の声を集める方法は国によって異なりますが、共通して取り組める方法が三つあります。
一つ目は、サポート問い合わせのログを定期的に集計し、プロダクト改善の優先度を決める判断材料にすることです。
ユーザーがどこでつまずきやすいかが見えるため、UI改善に直結します。
二つ目は、小規模なユーザーインタビューを継続的に実施し、現地ユーザーの使い方や価値の感じ方を把握することです。
10名程度のインタビューでも十分に示唆が得られます。
三つ目は、データを活用した利用状況の可視化です。
ログイン率、主要機能の利用頻度、離脱ポイントを分析し、改善策に落とし込むことで、実際の利用に基づいた改善が進みます。
海外のユーザーは、日本のユーザー以上にフィードバックを積極的に伝えてくれる傾向があります。
その声を継続的に活用し、プロダクトを現地適応させていくことが長期的な成功につながります。
次の章では、海外展開の重要な基盤となる「財務・法務リスク」の考え方を整理します。
海外展開に伴う財務・法務リスクとその回避策
海外展開は、市場調査やローカライズのイメージが強くなりがちですが、実際には財務と法務の判断が事業の継続性を大きく左右します。
これらを後回しにしたまま海外展開を進めてしまうと、想定外のコスト増加や契約トラブルに発展し、初期の成功が長続きしないケースもあります。
特に中小規模のSaaS企業では、専門部署を持たないことも多く、最初にどこまで検討すべきかが分からずに不安を感じることが少なくありません。
ここでは、最初の段階で押さえておきたい三つのリスクと、その回避策を整理します。
資金調達・コスト計画の立て方
海外展開は必ずしも多額の費用を必要としませんが、「何にコストがかかるか」を最初に把握しておくことで無駄な投資を避けられます。
一般的にコストが発生する項目は、ローカライズ(翻訳・UI調整)、マーケティング施策、現地パートナーとの契約、クラウドのリージョン追加、法務対応の調査などが挙げられます。
すべてを一度に実施する必要はなく、優先順位をつけて進めることで初期投資を抑えることができます。
また、海外展開に向けた資金調達も選択肢の一つですが、投資家との調整には時間がかかるため、まずは自社のキャッシュフローで進められる範囲から小さく着手する方法が現実的です。
予算を立てる際には、「最初に成果が出やすい部分」と「後回しにしても影響が少ない部分」を分けることが大切です。
法規制・契約・データ保護の注意点
SaaSの海外展開で特に注意すべきなのは、国ごとの法規制やデータ保護ルールです。
現地のデータをどこに保存するか、どのように扱うかは、国によって求められる基準が異なります。
例えば、欧州ではGDPRに準拠したプライバシーポリシーが必要になり、一部の国ではデータを国内に保存する要件が存在します。
また、利用規約や契約書にも現地法に基づいた修正が必要になる場合があります。
契約期間、支払い方法、更新条件など、日本市場とは異なる商習慣に合わせた調整が求められます。
最初の段階では、専門家を常時アサインする必要はありませんが、進出先の候補が絞れた段階で法務調査を実施することで、後から大きな修正が必要になるリスクを減らせます。
為替リスクと収益管理
海外ユーザーから現地通貨で料金を受け取る場合、為替の変動が収益に直接影響します。
特に月額課金モデルのSaaSでは、為替の影響が積み重なることで想定した利益率を下回ることがあります。
回避策としては、主要通貨での請求設定、為替変動に備えた価格調整、決済システム側で自動換算を行う仕組みなどがあります。
短期間で急激な変動が起こる国をターゲットにする場合は、価格設定を見直したり、請求通貨を限定したりする方法もあります。
また、パートナーを活用する場合は、代理店マージンや現地価格の設定方法も合わせて検討し、利益構造が崩れないように設計する必要があります。
海外展開では、魅力的な市場であっても、財務と法務の基盤が整っていないと長期的な成長につながりません。
最初の段階で最低限のリスクを把握し、必要な対策を段階的に進めることが安定した事業運営につながります。
次の章では、成功事例と失敗事例をもとに、海外展開で押さえておきたいポイントを整理します。
成功・失敗事例から学ぶSaaS海外展開
海外展開は、成功する企業と途中で止まってしまう企業がはっきり分かれます。
その違いは、プロダクトの質だけではなく、進め方や判断の順番にあります。
ここでは、仮想企業A社のケーススタディを用いて、成功パターンと失敗パターンを比較しながら、海外展開の実務的なポイントを整理します。
成功したSaaS企業のケーススタディ(A社の場合)
ここでは、製造・建設業向けの業務改善SaaSを提供する「A社」を例に説明します。
A社は国内市場で一定の支持を得ていましたが、国内の拡大余地が小さくなり、アジア圏への展開を検討していました。
A社がまず行ったのは、ターゲット国の絞り込みです。
インドネシア、タイ、ベトナムの三カ国を候補にし、製造業のデジタル化の進捗や競合サービスの有無、価格許容度を調査しました。
その結果、競合が少なく、製造現場のデジタル化が急進している国を優先して試験導入を行う方針を決めました。
次に行ったのは、プロダクトの導入フローの見直しです。
日本では対面での導入支援が一般的だったため、海外向けにセルフオンボーディングを中心とした仕様に調整しました。
初期設定を簡素化し、チュートリアル画面を追加することで、ユーザーが迷わず導入できる環境を整えました。
販売については、現地で業界に強いパートナー企業を選び、まずは製造業向けの狭い業界に集中しました。
また、現地の価格感覚に合わせ、月額と年額を併記した柔軟な契約設計を導入したことで、導入ハードルを下げることに成功しました。
こうした取り組みにより、A社は初年度に小規模ながらも確実な契約を獲得し、翌年には他国への展開を検討できる構造を築きました。
よくある失敗と回避策
海外展開に挑戦したものの、途中で進まなくなる企業には共通点があります。
ここでは、実際に多く見られる失敗パターンとその回避策を整理します。
一つ目は、ローカライズを軽視してしまうパターンです。
翻訳だけで対応できると判断し、UIや導入プロセスの見直しを後回しにすると、ユーザーの初期利用でつまずきが増え、継続利用につながりません。
対策としては、事前にユーザーインタビューを実施し、使い勝手に影響する要素を洗い出すことが重要です。
二つ目は、ターゲット国を決めずに広告施策を走らせてしまうパターンです。
商習慣や価格感覚を考慮せずに広い範囲にアプローチすると、広告費が無駄になりやすく、フィードバックも得にくくなります。
まずは市場選定と顧客像の明確化を優先させることが成功につながります。
三つ目は、現地パートナーを選び間違えるパターンです。
業界知識が浅いパートナーや販売体制が整っていない企業と提携すると、商談が前に進まず、展開のスピードが落ちてしまいます。
パートナー選定は「顧客層との一致」と「実行力」を基準にすることが重要です。
四つ目は、法務や契約の調整を後回しにするパターンです。
契約形態や支払い方法を準備しないまま営業活動を行うと、契約直前で調整が必要になり、機会を逃すことがあります。
最低限の契約テンプレートと支払い手段を先に整えておくと、商談がスムーズに進みます。
これらの失敗は、特別な理由があるわけではなく、「順番」さえ押さえていれば十分に避けられるものばかりです。
最後に、これまでの内容を踏まえたアクションリストをまとめていきます。
明日から着手できる具体的アクションリスト
海外展開は特別なプロジェクトではなく、正しい順番で進めれば小さく動き出せる取り組みです。
しかし、頭では理解していても、最初の一歩が明確でないと動きにくいものです。
ここでは、明日から着手できる現実的なアクションを、三つのフェーズに分けて整理します。
フェーズ1:準備(0〜1カ月)
最初のフェーズでは、海外展開の方向性を決めるための基礎作業を進めます。
・ターゲット市場候補を3カ国ほど選び、基本情報(デジタル化、競合、価格感覚)を調べる
・対象国のユーザーインタビュー候補を探す(現地パートナーや知人の紹介を活用)
・自社プロダクトの強みと弱みを整理し、「海外で価値になる部分」を書き出す
・ローカライズに必要な作業(UI、契約、支払い方法)を洗い出し、難易度を評価する
最初から正確な答えを出す必要はありません。
まずは情報を集め、選択肢を絞ることが目的です。
フェーズ2:検証(1〜3カ月)
次のフェーズでは、小さく検証しながら、実際に市場に触れていきます。
・候補国のうち1〜2カ国を選び、ユーザーインタビューを実施する
・初期バージョンのローカライズ(英語化・UI調整など)を最小限で実装する
・セルフオンボーディングの導線を整え、トライアル利用を可能にする
・販売チャネルを1つに絞り、最初のマーケティング施策を実施する
・現地パートナー候補と面談し、業界知識や顧客層の一致度を確認する
短期間での検証を重ねることで、ローカライズや販売チャネルの方向性が見えてきます。
フェーズ3:展開(3〜6カ月)
ある程度の手応えが得られたら、小規模な展開に進みます。
・フィードバックを反映し、UIや契約周りの改善を行う
・広告とデモ、トライアルの導線をつなげるGTMを整備する
・現地パートナーと契約し、導入支援の体制を構築する
・利用データを定期的に分析し、改善サイクルを回す
・他国への展開可能性を検討し、ロードマップを更新する
海外展開は、試行錯誤を繰り返しながら、徐々に成功の再現性を高めていく作業です。小さな成功体験を積み重ねることが、長期的な拡大につながります。
次の章では、ここまでの内容を整理し、海外展開を成功させるために押さえるべき要点をまとめます。
まとめ:SaaSの海外展開は「正しい順番」で進めれば成功しやすい
SaaSの海外展開は、特別な企業だけが挑戦できるものではありません。
市場選定、ローカライズ、販売チャネル、技術インフラ、カスタマーサクセス、法務・財務。
これらを正しい順番で進めることで、中小規模のSaaS企業でも十分に勝負できる時代になっています。
重要なのは、最初からすべてを完璧に整えることではなく、優先順位をつけながら段階的に進めていくことです。
まずは「どこの市場で勝てるのか」を見極め、次に「海外向けの導入しやすい設計」に調整し、その後に販売チャネルやサポート体制を固めていく。
この順番を守ることで、海外展開の再現性は格段に高まります。
とはいえ、市場選定や導入フローの再設計は、社内だけでは判断が難しい場面もあります。
国内と海外では顧客行動が異なるため、第三者の視点を取り入れることで、成功までの最短ルートが明確になりやすくなります。
パコロアでは、SaaS企業向けに「市場選定」「ローカライズ設計」「海外Go-to-Market構築」まで一貫して伴走する支援を行っています。
海外展開をこれから検討したい方も、すでに動き出している方も、ぜひお気軽に無料相談をご利用ください。