現地調達の壁と人材育成

ベトナム・ドンナイ省の工業団地に進出した日系企業では、サプライチェーンの構築においてさまざまな課題に直面しています。
特に、品質が安定したローカル企業や、将来性のある新規取引先を見つけるのは容易ではありません。
ベトナムでは、
- 原材料の多くを輸入に頼る構造
- 裾野産業(川中産業)の未成熟さ
- 中小企業を支援する機関の不在
- 情報が乏しく、実力が見えにくい企業が多い
といった環境上の制約が存在しています。
そのため、原料調達は日本からの輸入に頼らざるを得ず、加工も過去に取引実績のある企業に限定されがちです。
これでは、グローバル人材の活用や現地化の促進といった企業の海外戦略が形骸化してしまいます。
さらに、スキル育成や語学力、コミュニケーション能力の強化も十分に進んでおらず、主体性や責任感を持つ人材を育てきれないといった声も現場では多く聞かれます。

ベトナム進出の魅力
関西圏を中心に、ベトナムへの進出を検討・実行する日系企業が年々増加しています。
その背景には、以下のような人材・経済・文化面での強みが挙げられます:
- 若くて優秀な人材が多く、育成しやすい環境がある
- 雇用コストが安価で、人的資源の確保がしやすい
- 豊富な資源と人口9500万人超の巨大市場
- 安定した経済成長率(日本の数倍)
- 親日的な国民性と、教育機関での日本語普及
- 食文化・生活コストのバランスが良く、長期滞在にも適している
中でもドンナイ省は、ホーチミン市から車で1時間というアクセスの良さに加え、
GRDP(域内総生産)がコロナ禍でもプラス成長(2.15%)を記録するなど、経済的な安定性も高く評価されています。
こうした中、METI-KANSAI(近畿経済産業局)は、現地で苦戦する日系企業を支援するため、ベトナムの裾野産業企業と現地に進出した日本企業との橋渡しを行うコーディネータの育成プロジェクトを開始。

(株)パコロアは、そのコーディネータ育成において、2019年から2022年まで、現地の行政職員に対して人材研修・マネジメント教育を行ってきました。
人材育成と商談会の現場
ドンナイ省では、ベトナム人行政職員11名が「日系企業とローカル企業の懸け橋」となるコーディネータとして新たに任命されました。
彼らの主なミッションは以下の3つです:
- 日系企業に、ベトナム企業の基盤技術や生産レベルの情報を届ける
- 現地企業同士の**出会いの場(ビジネスマッチング)**を創出する
- 日本と同等水準のサプライチェーン制度をベトナムにも根付かせる
しかし、ベトナムには日本のような中小企業支援機関が存在しません。
そもそも「コーディネータとは何か?」という視点から始まった彼らの育成支援は、まさにOJT形式のチャレンジでした。
その中で生まれた大きな成果が、2019年10月23日に開催されたベトナム初のビジネスマッチング会 in Dong Naiです。

ドンナイ省のコーディネータ11名とMETI-KANSAI(近畿経済産業局)が連携し、企画・集客・運営すべてを自力で実施。
新人コーディネータたちには、大学教授や上級管理職、リーダー格の高度人材もいて、本業の合間を縫ってコーディネータ業務を遂行し、商談会の成功に向けて以下のような行動を続けていました:
- 商談会準備で夜遅くまで連日作業
- ベトナム出展企業側に最終確認の電話を何度も何度もかけて当日変更(いわゆるドタキャン、ノーショウ)を限りなくゼロにしようと奮闘
- 昇進試験と重なり徹夜作業
- (子育て中の行政パーソンは)幼稚園からの呼び出し電話を受けながら会議に参加
- (役職がかなり上の行政パーソンは)次から次に部下から運ばれてくる書類にサインをしながらTeams会議の議題を進行
彼らの熱意と柔軟性は、現場の信頼と連携を一気に強化し、参加した日系企業からも「この機会は貴重」「継続してほしい」と高評価を得ることができました。
現地メディアにも取り上げられました
日本語詳細はこちらから
こうした現場支援と同時に、弊社はコーディネータとともにドンナイ省内の中小ローカル企業10〜20社(下記リスト)を訪問し、現地企業の実力や課題を直接把握する機会も提供。
それは「日本的な支援モデル」をそのまま持ち込むのではなく、現地の文化や企業慣習に合わせて柔軟に設計された育成プログラムでもありました。

ベトナム現地企業ヒアリングの進め方
優良なサプライヤーとの接点を築くには、会社の概要をなぞるだけでなく、その企業が持つ文脈や人間味にまで踏み込むヒアリング力が求められます。
ドンナイ省で育成されたコーディネータたちは、ローカル企業10〜20社を訪問し、現場でのインタビューや工場見学を通して仮説を検証しながら情報を収集していきました。

もちろん、インタビューの展開は各社ごとにまったく異なりますが、私たちが大切にしているのは以下のような“問い方”です:
- 単なる質問と回答の1往復ではなく
- 単なる事象の確認ではなく
- ホームページに書いてあることをわざわざ聞くのではなく
そうなった背景や経営者の想いにたどり着くまで、
その企業の“未来のイメージ”が見えてくるまで、
丁寧にお話を伺います。
ヒアリング時に投げかけた具体的な質問例
- 原材料の輸入国比率はどうなっていますか
- 社内に品質管理室(QA室)はありますか
→ 無い場合、どのように品質検査を行っていますか - MOQ(最小発注数量)は何個から対応可能ですか
- 金型供給にも対応していますか
- 日系企業との取引実績はありますか
- 外資系企業との取引経験、その継続率は
→ 継続しなかった場合、その理由は - 従業員数の推移に変化はありましたか
- 社内教育や情報共有の仕組み化はどの程度までできていますか
- 納期遵守のためにどのような体制を取っていますか
- 顧客への進捗報告は、どの頻度・手段で行っていますか
- 今後、輸出に取り組む予定はありますか
→ すでに輸出している場合、どうやって海外顧客を開拓しましたか - 今、設備投資をしていない理由は
→ 逆に、積極的に投資している場合、その背景は - 経営者の前職について教えてください(沿革で不明な場合)
現地経営者のリアルな悩み
ヒアリングの終盤では、「何か困っていることはありませんか?」と逆に問いかけます。
多くの経営者が共通して口にするのは、次のような課題でした。
【課題として多かった内容】
- 新規取引の開拓が口コミ頼りで難しい
- ホームページの活用が進んでいない
- 教育してもすぐに離職されてしまう
- 右腕人材が育たず孤軍奮闘状態
- 資金調達が難しく、成長投資が困難
【一方で感じた成長意欲】
- 注文をさばききれないほどの受注
- 設備投資を先行して成長を狙う姿勢
- 「日本品質」を乗り越えることが会社の飛躍につながると信じる経営者
このように、継続的な企業訪問と入念なヒアリングを通じて、ドンナイ省内の有望なローカル企業の実態を蓄積していきました。
今後、この情報は、育成された11名のコーディネータによって、ドンナイ工業団地管理事務所を通じて発信される予定です。
異文化理解を促すセミナーの工夫
現地企業との面談の中で、「ベトナム側が日本企業をどこまで理解できているか」というギャップが浮き彫りになったため、
私たちは企業訪問の場で85ページに及ぶミニセミナーを実施しました。
テーマは:『成功する日本企業との商談会のコツ〜心がまえと実践〜』
PPTスライドはすべてベトナム語に翻訳し、現地の経営者や幹部向けに直接講演を行いました。

なぜ異文化理解の共有が必要なのか?
異文化コミュニケーションの推進は、日系企業・ベトナム企業・行政の三者にとって不可欠な“共通課題”です。
ただし、その実践には多くのハードルが存在します。
特に難しいのは、以下のようなケースです:
- 「課題」だと思っていたことが、文化の違いなのか、それとも単なる個人の性格によるものなのか、判断が難しい
- 仮に異文化による摩擦であった場合、どう歩み寄るべきか、その“さじ加減”が分からない
- 現場のベトナム人社員が、自らの“思い込み”や“遠慮”から本音を伝えられない構造がある
- 一方で日本企業側も、「日本式の価値観や報連相が当然」として押しつけてしまいがち
このような無意識のすれ違いこそが、商談の失敗や人材定着の壁を生んでいるのです。
セミナーのポイント
セミナーでは以下のような視点を軸に講義を進めました:
- 「日本企業が重視すること」は、なぜそうなのか?
- 商談時に求められる報連相とは、どんな行動か?
- ミスや問題が起きた際、日本側は何を期待しているか?
- 契約・納期・品質に対する感覚の違いをどう乗り越えるか?
- 日本側も完璧ではない、だからこそ“チームとしてどう協力するか”が重要
このセミナーの目的は、「正しい答えを与えること」ではなく、
文化の違いを“相互に理解しようとする姿勢”を広げることにありました。
結果として、多くの現地企業が「日本企業の見方や考え方が、今までより明確になった」と反応し、今後の取引やコミュニケーションに自信を持つ姿が見られるようになりました。
なぜ報連相は“通じない”のか?
日本企業が現地で人材育成を進める中で、必ずと言っていいほど壁になるのが、「報告・連絡・相談(報連相)がなかなか実践されない」という課題です。
これは、単に”文化が違うから仕方ない”という話ではありません。
実際、私たちがドンナイ省のローカル企業で現地の従業員にヒアリングしたところ、多くの人が「報連相の重要性」自体は理解していると答えています。
それでも報連相しない理由とは?
では、なぜベトナム人は報連相を「分かっていても実践しない」のか?
現地の声を集めると、以下のような背景が浮かび上がってきました:
- 報告しても、途中で状況は頻繁に変わる
- やってみないと分からないことばかり
- ミスを報告するより、自分で何とか“帳尻を合わせた方が早い”
- 自分でリカバリーできる自信がある
- 報連相よりも、“結果を出すこと”に注力する方が合理的
- 問題を表面化させるより、静かに処理する方が場が乱れない
このように、報連相が軽視されているわけではなく、“しない方が効率的”という判断が下されているのです。
実はそれ、“グローバル人材”の芽かも?
一歩引いて見てみると、この考え方は単なる“ズレ”ではなく、むしろこんな見方もできるのではないでしょうか?
- 結果に責任を持ち、自己解決力を発揮している
- 指示待ちではなく、自走する姿勢がある
- 日本的なマネジメントとは異なるが、別の合理性を持った行動
- 「走りながら考える」スタイルで結果を出す柔軟性がある
つまりこれは、“手がかからず、自己完結できる人材”とも言えるのです。
表面的な報連相の欠如に焦点を当てすぎず、その奥にある“行動の意図”や“ビジネス観”に目を向けることで、育成やマネジメントの視点は大きく変わるはずです。
日系企業にとっての“報連相”の意味
とはいえ──ベトナム企業の“つじつま重視”のスタイルは、日系企業の価値観とズレてしまう場面が多いのも事実です。
実際、報連相が全く無い状態で積極的に取引を進めるという日系企業は、国内外問わず、ほとんど存在しません。
とくに海外での取引となると──
- 品質の再現性が見えない
- 問題が起きた時にすぐ察知できない
- 成果が“偶然のホームラン”では不安すぎる
といった理由から、「見えないこと」への不安が信用の壁になってしまいます。
日系企業の本音とは?
日系企業にとっては、「つじつまを合わせられるかどうか」よりも、“プロセスが見えているかどうか”がより大事、と言えます。
途中で多少の問題があってもいい。
でも、それを共有してくれるだけで、“一緒に改善できる”という安心感が生まれる。
報連相には、
- 問題を早く解決する機能
だけでなく、
- 不安を減らす“人間関係の潤滑油”としての役割
がある、ということなのです。
セミナー現場でも“あるある”の共感が
このテーマを深く掘り下げるために、ドンナイ省のセミナーでは、「報連相がないと、なぜ日本企業は不安なのか?」という視点でお話しました。
セミナーでは、85枚にわたるスライドを行き来しながら、たとえ話を交え、現地の経営者の方々と笑いながら・うなずきながら、“異文化理解の歩み寄り”の重要性を共有しました。
その中で出てきた大切な結論は下記でした──
歩み寄るのはどちらか一方ではない。
両者が少しずつ理解し合い、前に進むことこそが、異文化環境における最強の“マネジメントスキル。
ベトナム側に伝えたい“報連相”の本当の意味
日本企業とのビジネスで、よく求められるのが「報連相(報告・連絡・相談)」です。
分かってはいるけど、実際にやるのは難しい──そう感じる方も多いはずです。
- 「今、報告するべき?それとも終わってから?」
- 「ちょっと計画が変わったけど、大したことじゃないし…」
そんな迷いは自然なことです。
でも実は、報連相のタイミングには明確な“サイン”があります。
報連相の3つのタイミング
- 1.「報告したほうがいいかな?」と思った時
→ それがベストなタイミングです。 - 2. 計画と違う方向に変わってきた時
→ 小さな変更でも、必ず伝える習慣を。 - 3. 「これはまずい…」と感じた時
→ 勇気を出して、すぐに報告してください。
計画が変わったら伝えるべきこと
特に変更があった場合は、以下の2点をセットで伝えると、「あ、ちゃんと考えてる!」と評価されやすくなります。
- ① 変わった事実とその理由
- ② 変更による今後の見通し
でも…怒られるかもしれない?
報告したことで、日本の上司や企業担当者が驚いたり、ちょっと怒ったように見えるかもしれません。
でもそれは、報告されたことに驚いたリアクションであって、「報告してくれてありがとう」という気持ちは、必ず心の中にあります。
…たとえ全然そう見えなくても!(本当に)
報連相は「信頼を積み重ねるスキル」
ベトナムのビジネスでは「帳尻さえ合えばOK」という合理的な考え方も多いですが、日本企業は「過程も見せてくれる=信頼できる」と感じます。
報連相を通じて、
- 不安を共有し合える関係
- ミスや変化に対して、一緒に考えられる関係
が築ければ、信頼は格段に高まります。
迷った時こそ、やってみてほしい
「やっぱり必要ないかも…」と感じる瞬間こそ、ぜひ、試しに報連相してみてください。
その一歩が、
- グローバルビジネスで活躍する力
- あなた自身のスキルの向上
につながるかもしれません。
実はもう“報連相”は始まっているかもしれない
日本企業のみなさまへ。
現地からの報連相が「足りない」と感じている場合、一度その“期待値”を見直してみることも選択肢です。
- 「なぜ報告が来ないのか」
- 「また話が変わっている」
と気をもむよりも、少しでも進んだ点を“現在地”として認識し、そこから一緒にリスタートする方が、早くゴールに近づけることもあります。
それ、実は“報連相”かもしれません
ベトナム側からの報告が…
- 想定と違う
- 途中で計画が変わっている
- 話が飛んでいるように見える
そんなケースでも、それ自体が「報連相の第一歩」である可能性があります。
「これは言い訳では?」
「勝手にやられた!」
「最初の話と違う!」
と思っても、そこを「これは報連相の一種だ」と捉え直すことができれば、無連絡に陥る前に関係をつなぎとめることができます。
一緒にゴールを目指す姿勢が鍵
例え期待と違った報告でも、
- 今できる最善のコミュニケーションだったのかも
- 現地なりに一生懸命だったのかも
そう受け止めたうえで「じゃあ、ここからどうするか?」と、一緒に前へ進める体制を整えることが重要です。
そのプロセスを経ることで、
- 「できる根拠を持っていたのに、なぜそれを言わなかったのか」
- 「水面下で頑張っていたことに気づけなかった、申し訳なかった」
と、日本側が気づくこともたくさんあります。
厳しい判断を下す前に
「いや、これはさすがに許容できない」
「全然違うじゃないか」
そう思うこともあるでしょう。
そのときは…
- 細かなダメ出しを繰り返すのではなく
- 一緒にゴールに到達した後に、膝を突き合わせた“全体のふりかえり”として評価を行う方が、未来につながります。
もし実損が発生してしまった場合、つまり、
- 計画と違う方法で進められた
- それが大きな損失に結びついた
その場合は、感情的にならず、「どうすれば防げたか?」を具体的に言葉で共有することが大切です。
- 日本側にはどう見えていたのか
- ベトナム側にはどう見えていたのか
そのギャップを丁寧にすり合わせていくことで、必要であれば少し距離を置くという選択もあり得ます。
もし相手が本気で、日本企業との長期的な取引や成長を望んでいるなら、あなたの伝えた言葉も、悔しさも、責任も──
きっと、「成長のきっかけ」として深く受け取ってくれるはずです。
日系企業とローカルをつなぐ、現場の力
ドンナイ省にいる11名の新人コーディーネータ達は今日も、現地で奮闘する日系企業の皆さまを少しでも支えたいという想いで、日々、橋渡し役を担っています。
ビジネスマッチング、現地人材の育成、異文化コミュニケーションに悩む企業にとって、彼らの存在はかけがえのないインフラとも言えるでしょう。
ドンナイ省で事業展開を進める中で、もし何か壁を感じることがあれば——
ぜひ、現地11名のコーディネータたちを訪ねてみてください。
きっと、あなたの事業にとっての「転機」となるヒントを手渡してくれるはずです。
海外人材育成・異文化支援でお困りですか?
本記事でご紹介したドンナイ省でのプロジェクトを含め、(株)パコロアでは、
- 東南アジア現地の行政・企業との連携
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