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任天堂の海外進出はなぜ成功したのか?

公開 2025年8月16日
小川 陽子

著者紹介 :小川 陽子 (代表取締役)

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「日本のやり方を貫けば、世界でも通用する」

そう信じて疑わなかった時代が、かつて日本企業にはありました。

“ものづくり”に強みを持つ中小企業ほど、「品質も技術も世界トップレベル」という自負を持っています。

ですが、それだけでは海外で選ばれる理由にはならない。

任天堂もまた、最初から海外で成功していたわけではありません。

かつては「全部自社でやる」戦略にこだわり、海外市場で思うように結果が出せなかった時期がありました。

ところが現在、任天堂は世界中で愛されるエンタメ企業へと進化しています。

その転機は、「日本流を押し通す」のではなく、「現地の力を信じ、任せる」方向へと舵を切ったことにありました。

任天堂の事例を通して、海外展開において中小企業が何をどう変えるべきか、どこを守るべきかを、具体的なアクションにつながる形で解説していきます。

日本流で世界に勝てるのか?任天堂の転換点

「成功体験の移植」に限界を迎えた初期戦略

任天堂が海外進出に乗り出した当初、その基本方針はシンプルでした。

「日本で成功したやり方をベースに、法律・言語・市場の違いを“乗り越えさえすれば”海外でも通用する」――そう信じていたのです。

製品仕様、販売方法、広告の見せ方、サポート体制まで、自社で築いた成功の“型”を丸ごと輸出しようとする姿勢。

いわば、日本本社が設計した“仕組み”を、現地にそのまま移築するイメージに近いものがありました。

これは決して間違いではありません。

品質を守り、ブランド価値を統一するためには、一定の自社主導や内製体制は必要です。

しかし、その成功体験が強すぎるあまり、“変える必要がある”という視点を失いやすくなるのです。

実際、任天堂の初期のアメリカ市場進出では、次のような“不具合”が生じました:

  • 現地の消費者に響かないマーケティング
     → アメリカではゲーム=子ども向けというイメージが強く、大人に受け入れられなかった
     → 日本的なキャッチコピーやCM表現も、文化的背景の違いにより感情に刺さらなかった
  • 販売タイミングや価格設定が現地の商習慣と合わない
  • 翻訳はされていても、“文化”としての伝わり方に配慮がなかった

とくに米国でのファミコン(NES)展開初期は厳しい状況に直面します。

「日本で売れたのだから、そのまま売れるはず」という見通しは外れ、小売店からは「ゲーム機なんてもう売れない」と取り扱いを拒否される事態に。

この背景には、1983年の「アタリショック」と呼ばれる北米ゲーム業界のバブル崩壊がありました。

粗悪なゲームソフトが氾濫したことで、小売業界全体がゲーム製品に対して警戒心を強めていたのです。

こうして任天堂の「成功体験の移植戦略」は、早々に大きな壁にぶつかることになります。

変革のきっかけ 米任天堂の裁量と成功

この危機的状況を打開したのが、米国法人Nintendo of America(NOA)の現地主導の動きでした。

当時、NOAを率いていたのは、任天堂創業家の山内溥氏の娘婿である荒川實氏。

彼は日本本社の一律な方針に頼るのではなく、米国市場の現実を見据えた現地独自戦略をとることを決断します。

荒川氏がとったアプローチは、いわば「現地で勝てる仕組み」そのものを作り直すものでした。

  • 本体とソフトをセット販売に切り替えた
     → 日本ではファミコン本体とソフトは別売が基本でしたが、
     → アメリカでは「すぐに遊べる状態で売る」ことが重要と考え、スーパーマリオなどの人気ソフトをバンドル(同梱)
     → 店頭にはデモ機も設置し、“体験価値”を前面に出した売り方に変更
  • 小売業者の不安を払拭する交渉術
     → 「ゲーム機は売れない」という不信感に対し、売れ残り時の返品保証制度を提示
     → まずは一部店舗での導入から始め、徐々に販売網を拡大
     → 単なる営業ではなく、「一緒に市場を作っていく」スタンスで信頼を勝ち取った

このように、NOAは単なる海外拠点ではなく、現地に根ざした自律的なプレイヤーとして機能しはじめたのです。

日本の仕組みをそのまま当てはめるのではなく、文化や商習慣に合わせて“再設計”する能力。

これこそが、任天堂が以後グローバルで成功する原動力となりました。

以降、任天堂は「現地の判断を信じ、任せる」という考え方を取り入れ、“成功体験の輸出”から、“現地適応の設計”へとパラダイムを転換していきます。

成功理由① “見せ方”を変えたローカライズ戦略

翻訳でなく「文化編集」

任天堂の海外戦略において、ひとつの転機となったのが「ローカライズ」の捉え方の変化です。

初期の任天堂は、製品やゲームソフトの翻訳を行うことで、海外展開が完了したと見なしていました。

しかし、次第にそれでは“伝わらない”ことに気づきます。

言葉を置き換えるだけでは、文化的背景・価値観・ユーモア・文脈が正しく伝わらない。

そこで同社は、“翻訳”ではなく「文化編集」という視点を取り入れるようになりました。

たとえば、英語圏での広告・CM・パッケージデザインなどは、日本版からの単なる直訳ではなく、現地の感覚に合わせて一から作り直す方針へと転換しています。

【事例:パッケージデザインの大胆な違い】

  • 日本のゲームパッケージは、キャラクターの可愛さやユーモアを前面に押し出す傾向がある
  • 一方で英語圏では、「ワクワク感」や「冒険・ヒロイック」な印象が好まれるため、デザインのトーンそのものを変更するケースが多い
  • 『ゼルダの伝説』や『メトロイド』シリーズでは、欧米向けによりクールでシリアスなビジュアルが採用された

CMでも、

  • 日本ではナレーションベースで説明的な構成が主流だったが、
  • 米国では「体験している人のリアクション」や「情緒的訴求」が重視され、演出方法が大きく異なる

このように任天堂は、“自社の世界観を、現地で自然に受け入れられる形”に再編集し続けました。

そしてその試行錯誤の先に、「誰もまだ見たことがない任天堂」へと進化する道を選んでいったのです。

現地パートナーとの連携 外注ではなく“共創”へ

任天堂が他社と一線を画したのは、ローカライズにおけるパートナーとの関係性の築き方です。

単なる外注として翻訳や現地マーケティングを任せるのではなく、「文化を翻訳する仲間」として、長期的な関係を築くスタンスを取りました。

象徴的なのが、米国法人Nintendo of America(NOA)のローカライズ部門。

現地スタッフは、日本語版のゲームを単に訳すのではなく、以下のような工夫を行ったのです。

  • キャラクターの口調を現地文化に合うようアレンジ
  • ユーモアや例え話を、伝わりやすい別表現に置き換える
  • テキスト量やテンポを、英語圏プレイヤーの嗜好に合わせて調整

これは「作品の魂を保ちつつ、自然に響く形で伝える」ための繊細な仕事です。

日米両文化の知識はもちろん、ユーザーと作り手の双方への深い洞察力が求められます。

このような能力を備えたメンバーを初期から確保し、信頼関係を維持できたことが、共創へとつながったのでしょう。

【拠点ごとのローカライズスタイル(参考)】

・米国(NOA):
ユーモア重視で、リズム感のある台詞回しが特徴。
PRでも任天堂らしさを保ちつつ、遊び心のある表現が多い。

・欧州(NOE):
多言語対応が必要なため、統一性と国別最適化のバランスを意識。
言語ごとにプロモーション戦略を分ける柔軟さがある。

・韓国(任天堂コリア):
設立当初は現地代理店と連携しながら展開。
K-POPやアニメ文化への感度が高く、若年層向けの親和性を意識した施策が多い。

ローカライズ=「翻訳の先にある体験設計」

任天堂が成功したローカライズの本質は、

まずは世界観を共有できる感情をとらえて、それを形づける印象・リズム・表現から言葉を紡ぎ出し、訳したこと、

そして、チーム全員が“現地の人が自然に感動できる形”をゴールとしたこと、にあります。

  • 文化ごとの「笑い方」「泣き方」「驚き方」は異なる
  • 同じゲームでも、“響かせ方”を変える必要がある
  • ただし、任天堂らしさそのものは決して崩さない

この「変えるべきものと、変えてはいけないもの」の見極めこそが、任天堂の海外進出における強さの出発点となったのです。

成功理由② IP(知的財産)と世界観の一貫性を武器に

誰にでも伝わるデザインとは?任天堂IPの共通項

任天堂のキャラクターには、国籍や宗教、言語の違いを越えて、“直感的に好かれる・理解できる”設計思想があります。

たとえばマリオやカービィは、説明がなくても「明るい」「親しみやすい」「応援したくなる」という印象を受けやすい存在です。

これは、次のような意図的なデザイン配慮の積み重ねによって成立しています。

  • 顔の表情や動きだけで感情が伝わるよう、非言語的な演出を重視
  • 色づかいや輪郭がシンプルで、子どもでも覚えやすい造形
  • 攻撃や操作のリズムも、直感的操作性・心地よさを追求
  • ストーリーや背景に多くを語らず、誰もが自分の体験として物語を組み立てられる余白

こうしたキャラクターやゲーム設計は、「世界中のユーザーが“読む”前に“感じられる”」構造を持っています。

これは、マーケティングの多言語展開より前に、プロダクトそのものが「伝わる」よう設計されているということです。

中小企業でも、たとえばカタログや製品紹介で「言葉を読まずとも伝わる写真や動きがあるか?」といった観点はすぐに取り入れられます。

まずは“翻訳不要の伝わり方”を探すところから始めてみるのが、任天堂流に近づく第一歩かもしれません。

IP(知的財産)の管理と育成戦略 中小企業にできることは?

任天堂は、IP(知的財産)を守るだけでなく、“育てる”という視点で戦略を組み立てています。

キャラクターやブランドの世界観が一貫するよう、ゲームやグッズ、映像、イベントなど、展開されるすべてのメディアで厳密な管理が行われています。

たとえば、映画『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』においても、ハリウッド制作でありながら任天堂本社が監修に深く関わり、「いつものマリオ」として違和感のない世界観を実現しました。

また、ライセンスビジネスにおいても、世界中のパートナーに「任天堂らしさ」を保つための基準を共有しています。

ただし、このような厳密なIP管理は、コスト・人員・体制面で圧倒的な企業力があるからこそ可能なことでもあります。

中小企業にとっては、「知的財産を守る」だけでも大きな投資を要します。

国によって権利申請の仕組みも異なり、国ごとに掛かる費用や手間も軽くはありません。

そのため、「大企業と同じことをやる」のではなく、「できる範囲で“模倣されない状態”を作る」ことから始めるのが現実的です。

たとえば:

  • 製品名、ロゴ、開発秘話の構成要素を独自化し、テーマやストーリーごとコピーしづらい世界観を築く
  • ウェブサイトやカタログにおいても、単なる製品スペックではなく、ブランドとしての「らしさ」を文章やビジュアルで設計する
  • たとえ法的に守れなくても、「顧客が覚えてくれる」「類似品に流れない」状態を先につくる

たとえば「どうやって開発されたか」「なぜこの形、サービスになったのか」を語ることで、商品そのものではなく意味ごと記憶される状態を目指す、という考え方です。

こうした「守り」と「育て」の両面から考える知財戦略は、規模の大小を問わず、今後ますます重要になります。

任天堂の事例は、その最終到達点のひとつとして参考にしつつ、中小企業においても、小さな一歩をまずは自社で踏み出してみるという視点は欠かせないでしょう。

世界観は“共有財産”として管理されている

任天堂のIPが強いのは、それが単なる“商品資産”ではなく、“体験の共有財産”としても扱われているからです。

マリオで遊ぶとき、ポケモンを捕まえるとき、人々はただのゲームをしているのではなく、「世界中の誰かと今、同じ世界を生きている」という感覚を味わっています。

この「共有感」を支えているのが、IP設計と管理の一貫性です。

各国・各メディアで露出が増えても、どの入り口から入っても「これは任天堂の世界だ」と分かる。

それは、全体が一つの“設計された体験”として統合されているからに他なりません。

こうしたIP運用の在り方は、グローバル市場でブランドを築くうえで、製品力以上に“選ばれ続ける理由”を提供してくれるのです。

成功理由③ 社内組織と意思決定プロセスの進化

分権化と本社の役割の再定義

任天堂の海外展開が軌道に乗った背景には、「判断の場を現地に移した」だけでなく、「本社の役割を再定義した」という組織進化があります。

米国法人Nintendo of America(NOA)での成功体験を経て、任天堂は海外拠点に一定の裁量を認めるようになりますが、同時に本社は「軸」としての機能に集中するようになりました。

世界観やブランド整合性を保つための方針設計は本社が担いつつ、プロモーション手法や販売施策、地域特有の戦術は現地が自律的に判断できる構造へと変わっていきました。

この「設計と運用の分離」は、他の日本企業にとっても大いに示唆があります。

すべてを本社で決めず、現場が考え、動き、改善できる構造をつくることが、海外市場で求められる柔軟性とスピードを生み出すことにつながるからです。

組織進化は「仕組み」より「思想」から始まる

任天堂の組織的な進化が象徴的なのは、単なる制度変更ではなく、「任せる」という思想の転換が先にあった点にあります。

たとえば、海外法人のスタッフを本社役員に登用する流れや、海外経験のある人材を国内幹部に取り立てる方針など、制度よりも先に「現地の声を経営に組み込む」という発想が動き出していました。

この変化により、単なる海外事業部ではなく、「グローバル戦略全体に関わる人材」が組織の中核に入りはじめます。

その結果として、組織全体の意思決定も自然と“多言語・多文化対応型”に切り替わっていきました。

とはいえ、経営側にとっては、自社の意思決定に“見えない変数”が入り込むような感覚であり、大きな不安も伴うプロセスではあります。

それでも任天堂は、その「不安を手放す力」こそが、次の成長の鍵だと信じたのです。

あなたの会社なら、どう向き合うでしょうか?

中小企業が学ぶべき「任せる組織」のはじめ方

「組織の進化」と聞くと、中小企業にとっては遠い話に思えるかもしれません。

グローバル人材がいない、海外法人がない、そんな状況では何から始めればよいのか分からない――そう感じるのも当然です。

ですが、任天堂の事例が教えてくれるのは、まずは小さな裁量を現場に渡すことから始めればいいということです。

たとえば:

  • 海外向けWebサイトの文案を現地在住スタッフに任せてみる
  • 海外代理店に販売戦略を発案させ、本社は壁打ちの役割を担い、現地主導で決定する
  • 翻訳ではなく、ローカライズの意図を現地関係者にヒアリングしながら一緒に決めていく

こうした取り組みは、明日からでも始められることです。

そのうえで、自社にとって「本社が手放せない軸」と「任せられる部分」の線引きを明確にすることが、組織進化の第一歩となります。

成功理由④ 「競合ではなくファン」を見ていた

ユーザー文化を見極め、現地と“育てた”IP展開

任天堂の海外戦略には、他社と一線を画す視点がありました。

それは、「競合分析」よりも「ユーザー観察」を重視した点です。

たとえばアメリカ市場では、セガやソニーが技術スペックや大人向けゲームで存在感を高めていた時代においても、任天堂はあくまで「ファミリー層」「子どもと親が一緒に遊ぶ文化」に根ざした戦略を堅持しました。

また、現地の子どもたちの遊び方・親の購買基準・教育的関心に至るまでをリサーチし、そのうえで「親にとっても安心で、子どもにとって夢中になれるIP(キャラクターや物語)」を軸に製品を開発・訴求していきました。

こうしたスタンスは、単に”ローカライズ”するというよりも、現地の文化と任天堂のIPをともに育てていく「共育」的アプローチだったといえます。

ファン文化を尊重するマーケティング姿勢

加えて任天堂は、IP(キャラクターや物語)を「消費させるもの」としてではなく「参加し、育て、広げるもの」として扱ってきました。

これは広告やキャンペーンにおいても顕著で、任天堂は“製品のスペック”を訴求するよりも、“そのIPと過ごす時間の楽しさ”を描く表現を大切にしてきました。

たとえば現地ファンコミュニティとの関わり方も、時に一緒にイベントを開催したり、ファンの反応を次作に取り入れたりといった「開かれた関係性」を築いてきた点に特徴があります。

このように、任天堂は一貫して「自社のファンを、価値創造のパートナーとして見る」姿勢を貫いたのです。

この考え方は、中小企業が自社ブランドを海外展開する際にも応用可能です。

競合に目を向けすぎるのではなく、目の前のファンやユーザーに丁寧に向き合うこと。

その声を次の商品・サービスに反映し、“一緒に商品やサービスを育てていくブランド”として捉える視点が、長期的なファンベースの形成につながります。

体験重視はB2Bにも応用できる

任天堂の「体験を軸にしたブランド形成」はB2C領域で語られることが多いですが、この視点はB2Bビジネスにも応用可能です。

たとえば製造業の場合、自社製品を使う「現場のユーザー」が実際に何を感じ、どこにストレスや喜びを感じているかを丁寧に観察することで、「機能訴求」ではなく「体験訴求」の切り口が見えてきます。

  • 操作しやすい、直感的に理解できる製品マニュアルの提供
  • 導入前に不安を解消できるデモや実機体験の機会
  • 導入後の“変化”を体感できるストーリーテリング資料

これらはすべて、B2Bの領域でも「体験」をデザインする努力です。

とくに海外市場では「顧客からの問い合わせがない=満足」ではなく、「ポジティブな驚き」や「社内でのシェア」を生むような体験価値があってこそ、満足が確定し、次のリピートや紹介につながります。

商品がどのようなものであっても、「選ぶ・導入する・使い始めるまでの過程」を心地よくスムーズな体験にすることは、海外進出するすべての業種で求められていることなのです。

成功理由⑤ グローバル展開を支えるリスクマネジメント

法規制・表現規制への対応力

国際展開において、各国の法律や文化・宗教的価値観に配慮した対応は不可欠です。

任天堂は、ゲームという「文化色の強い商品」を扱うがゆえに、表現や仕様が国によっては問題となる可能性を常に想定し、慎重に設計・販売してきました。

たとえば、暴力表現や性的描写のレーティング基準、ギャンブル要素の有無、あるいは宗教的シンボルの扱いなどは、国によって判断基準が大きく異なります。

任天堂は、発売前の段階で各国レーティング機関(ESRB、PEGI、CEROなど)への適応はもちろん、広告・表現・描写に関する規制への調整は現地法人や専門スタッフによる事前チェック体制を整備。

宗教的・倫理的にグレーな表現は事前に差し替えるなど、現地文化へのリスペクトを徹底しています。

これにより、販売後の炎上や規制による撤回といった事態を未然に防ぐことに成功しています。


宗教・文化的禁忌への配慮事例

たとえば中東市場においては、イスラム教の戒律に反する描写(豚肉、偶像崇拝、宗教上の禁句など)を避ける工夫がなされており、一部ゲームでは特定シーンの削除や差し替えが行われています。

また、欧州の一部地域では、歴史的なナチス関連シンボルが厳しく規制されているため、該当するビジュアルや台詞は配信地域ごとに編集されるなど、地域ごとに細やかな“ローカル適応”を実施しています。

これらの取り組みは「表現の自由」の縮小ではなく、「顧客理解と信頼の構築」という視点から行われており、任天堂が世界中で支持を得ている理由の一端でもあります。

中小企業にとっても、商品やメッセージが現地の価値観にどう受け取られるかを慎重に検討することは、信頼獲得の第一歩となります。

たとえばある日本の機械メーカーは、マレーシア向けに納品した搬送装置に使用されたブラシ素材について、「豚の毛が使われていないことを証明してほしい」と現地代理店から要望を受けました。

その際、単なる口頭確認で済ませず、社内で急遽正式な証明書を作成しブラシ毛の分析表まで提出した対応は、宗教上の配慮に真摯に向き合う姿勢として高く評価され、現地との深い信頼構築につながりました。

自分たちの文化にないことにも想像力を働かせる――そのような配慮の積み重ねが、多国間での信頼関係を築く礎となるのです。

成功理由⑥ 失敗から学ぶ、任天堂のリカバリー力

バーチャルボーイ、Wii Uからの再起

重要なのは「失敗しないこと」ではなく、「失敗しても立て直せる仕組みと姿勢」をあらかじめ持っておくこと。

任天堂も当然ながら、常に成功してきたわけではありません。

代表的な例が、1995年に発売された「バーチャルボーイ」、そして2012年の「Wii U」です。

前者は当時の最先端技術を投入したものの、画面の見づらさや操作性、携帯性の問題などから市場に受け入れられず、約1年で生産終了に。

後者の「Wii U」も、Wiiの大成功を受けた後継機として期待されるも、「ゲームパッドの位置づけが曖昧」「Wiiとの違いが伝わらない」などの混乱を生み、結果的に販売不振に陥りました。

原因分析と次世代戦略への反映

しかし任天堂の強さは、その“失敗”を「終わり」にせず、「次の糧」にできる点にあります。

バーチャルボーイの失敗は、「視覚表現はあくまで補助であり、ゲーム体験の本質は操作と没入感の連動にある」という洞察につながり、WiiリモコンやSwitchのJoy-Con設計へと昇華。

Wii Uの失敗では、「ユーザーに直感的に価値が伝わらない製品は、いかに高性能でも響かない」という学びを得て、後継機Switchではシンプルかつ明確な“遊びの形”を打ち出しました。

つまり任天堂は、製品の失敗を「なかったこと」にするのではなく、むしろ経営・企画・開発の各層で徹底的に棚卸しし、次の成功要素として構造的に組み直しているのです。

この姿勢は、どんな企業にも通用する教訓です。

市場の反応に柔軟に学び、PDCAを一過性のスローガンにせず、企業文化として定着させる。

言葉にすると当たり前のように聞こえますが、海外でもこれを愚直にやり切る企業は決して多くありません。

だからこそ、その継続した姿勢が、海外市場での長期的な差別化につながっていくのです。

任天堂のCSRと現地社会との共存

“信頼を築く姿勢”としてのCSR

「CSR(企業の社会的責任)」という言葉に対し、中小企業の経営者は、「自社にはまだそこまで余力がない」「大企業だけの話だ」と感じるかもしれません。

しかし、海外進出において“現地で信頼される存在になる”という観点から見ると、CSR的な視点はむしろ中小企業こそ意識しておくべき要素でもあります。

ここでは任天堂の戦略的なCSRを手がかりにしながら、「中小企業が明日からでも実践できる、小さな信頼構築のヒント」を見ていきましょう。

CSR活動は「ブランド構築」の一部

任天堂のCSR(企業の社会的責任)は、単なる慈善活動ではなく、「現地社会との信頼構築」と「自社ブランドの一貫性」を両立させる戦略的取り組みとして実施されています。

たとえば米国でのチャリティイベントや教育支援では、資金提供だけでなく、「ゲームを通じて子どもの創造性や協調性を育てる」という任天堂らしい価値観が貫かれています。

CSR活動が、単に良いことをするのではなく、企業理念の体現として機能しているのです。

中小企業にとっても、「自社らしさ」を軸に据えた地域活動は、共感を生むブランド形成の一歩となります。

現地従業員との共生姿勢

CSRの一環として、任天堂は各国の現地法人での雇用・教育・労働環境の整備にも注力してきました。

たとえば欧州法人では、各国のスタッフが現地市場の声を反映したマーケティング企画を主導しており、日本本社の一方通行的な指示ではなく、「現地主導・本社支援型」の体制へと移行しています。

これは中小企業にとっても示唆に富む点です。

海外進出時に「雇用は現地主導で」と割り切りすぎず、日本本社側からも適切な教育・裁量・責任を与えることで、現地スタッフとの信頼構築が可能になります。

つまり、「任せる」と「関与しない」は別物ですので、

主体性を尊重しつつ、理念や判断軸の共有を欠かさない姿勢と、現地主導の尊重と本社からの支援の絶妙なバランスこそが、日々の運営の質を決めていくと言えます。

地域貢献と教育への支援活動

任天堂は営利企業でありながら、「地域社会の一員」としての役割も意識し、STEM(科学・技術・工学・数学)教育の支援など、現地の教育機関と連携した活動を展開しています。

たとえば「Nintendo Labo」や「Switch」を使って子どもが遊びながら学べるようにしたり、障がいのある子ども向けに操作性を工夫した補助ツールを提供するなど、“誰もが遊べる”環境づくりにも取り組んでいます。

特にアメリカでは、医療機関と連携したゲームによるリハビリ支援も注目されており、こうした活動は「商品を届けて終わり」ではなく、「地域にどう貢献するか」を問い続けるCSRの姿勢を示しています。

たとえば、中小企業でも、自社製品や専門性を活かした小さな教育支援は、地域と信頼を築く有効な接点になります。

CSRの本質は「資源の大小」ではなく「信頼投資」

中小企業にとってCSRは、余裕がある会社が取り組むもの、経営が安定してから考えるべきこと――そんなふうに思えるかもしれません。

しかし本質は、「資源の大小」ではなく、「信頼投資」への考え方にあります。

たとえば:

  • 現地パートナーとイベント共催
  • 地域清掃活動や小学校との交流
  • 現地でのミニセミナー開催
  • 職業体験の受け入れ

なども、立派なCSR活動です。

また、

  • 複数企業で行う合同運動会
  • 従業員の家族を職場に招くファミリーDAYといった社内行事

も、開かれた姿勢を地域に示す活動としてCSRの一環と捉えることができます。

大切なのは、「企業がどのように地域社会と関わろうとしているか」という姿勢であり、その継続が海外現地での信頼の蓄積につながっていくのです。

環境対応・サステナビリティ

任天堂は環境配慮の観点からも、グローバル企業として責任ある取り組みを強化しています。

特に、製品パッケージの脱プラスチック化や、製造・物流工程における省エネルギー対応などは、欧州をはじめとした環境規制の厳しい地域での信頼構築に寄与しています。

たとえば、Nintendo Switchのパッケージにおいては、再生紙の採用やインクの削減が進められており、配送効率の観点からも無駄をそぎ落としたデザインが導入されています。

また、ハードウェアの電力効率や長寿命化の設計方針も、「使い捨て」的なイメージを排し、持続可能な利用を促す姿勢として評価されています。

これらの取り組みは、消費者の“選ばれる理由”として表に出ることは少ないかもしれませんが、企業としてのブランド信頼に確実につながっています。

中小企業でも、たとえば梱包材の見直しやエネルギー効率の開示など、小さな施策でも環境への配慮を明示することで、BtoBの取引先や現地ユーザーからの信頼を得る契機となります。

とくに欧州では、環境対応が入札条件や提携可否の判断材料になることも決して珍しくありません。

あなたの会社が学ぶべき「変える勇気」

任天堂の海外展開が示しているのは、「強みを守ること」と「必要な変化を恐れないこと」、その両立です。

そしてこの姿勢は、大企業だけのものではありません。

むしろ変化にしなやかに対応できることこそが、中小企業の武器になり得ます。

日本式を早々に手放す

任天堂の北米展開においてカギとなったのは、米国市場の販売構造や顧客の購買心理に合わせて、自社の戦略と設計を大胆に変えた決断力です。

たとえば、当初アメリカの小売店に断られ続けたファミコンも、商品名・パッケージ・販売方法・サポート体制まで“アメリカ式”に徹底的に寄せ直したことで、初めて受け入れられました。

もし日本での成功体験に固執していたら、とうてい実現できなかった成果です。

このように、自社の強みを“そのまま輸出する”のではなく、現地の文脈に合わせて迅速に再設計する柔軟さこそが、任天堂の本質的な強さといえます。

海外を目指すうえで、この姿勢は中小企業にもまったく同じように当てはまります。

たとえ日本で一定の成功を収めていたとしても、「過去の成功体験」や「これまでの強みが通用する戦略」が、海外市場でも最適とは限りません。

むしろ、市場ごとに“自社のやり方そのものを変える覚悟”を持つことが、海外で成果を出すための必須条件となるのです。

現地で通じる形になるまで”翻訳”する

海外展開において、ただ言語を訳すだけでは、相手に本当に「伝わる」とは限りません。

任天堂が重視したのは、文化・習慣・価値観の違いを踏まえた“翻訳の再設計”でした。

たとえば、現地ユーザーが違和感なく受け取れるゲームの表現やネーミング、訴求方法にまで徹底的に配慮することで、「伝えたいこと」と「伝わること」のズレを埋めてきたのです。

この視点は、中小企業のBtoB取引においても極めて重要です。

たとえば製品パンフレットやWebサイトの翻訳の前に、そもそも現地で伝わるコンテンツになっているか、検証は行っていますか?

海外では国ごとに「導入までのプロセス」や「見積・発注の流れ」、「意思決定のスピード感」「メンテナンスや保証への期待値」など、ビジネスの“当たり前”が日本と大きく異なります。

自社の製品・サービスを海外で展開する際には、その国の商習慣や価値観に合わせて「どう伝えれば、相手に正しく理解され、安心して導入できるのか」を再設計することが不可欠です。

単なる翻訳ではなく、事業構造そのものの“現地対応型コミュニケーション”が求められているのです。

現地ユーザ―体験を最優先する

任天堂が重視したのは、「自社が設計した仕様にユーザーを合わせる」のではなく、「現地ユーザーがどう体験するか」から逆算する設計思想です。

たとえば欧州法人では、各国のスタッフが主導して現地市場の声を反映させた施策を展開し、パッケージデザインや導線、カスタマーサポートの手法までを“文化ごとローカライズ”しています。

このような現地起点の考え方は、中小企業にとっても示唆に富みます。

海外現地の代理店やスタッフとの対話を通じて、現場での「使いにくさ」「わかりづらさ」「不安の声」などをすくい上げ、

仕様書では拾えない“体験設計”の見直しを行うことが、信頼と支持を得るだけではなく、競合企業との大きな差別化につながるからです。

中小企業こそ“変化する勇気”で海外進出を

任天堂の成功は、「ヒット商品の輸出」ではありません。

文化・組織・伝え方を現地に合わせて“しなやかに変える力”を磨いてきた結果として、今のグローバルな信頼があります。

しかもそれは、「任天堂だからできた」特別なことではなく、私たちにも再現できる考え方と姿勢の積み重ねです。

日本モデルに固執せず、伝え方を現地の文化に翻訳し、ユーザーの体験を起点に設計を見直す。

そのすべてが、あなたの会社でも、明日から始められる現実的なアクションなのです。

「一歩踏み出す」その時に、頼れる相手はいますか?

海外進出は、決して大企業だけのものではありません。

むしろ、変化に素早く対応できる中小企業だからこそ、ローカルニーズにフィットした価値を届けることができます。

ただし、情報不足のまま見切り発車するのは大きなリスクでもあります。

  • 「本当に現地で通用するのか」
  • 「信頼できるパートナーと出会えるか」
  • 「現地法人を作る前に、試せる方法はあるのか」

そんな迷いや不安を乗り越えるためには、相談できる相手がいることが何よりの支えになります。

私たちパコロアは、これまで多くの中小企業の海外への挑戦を、ゼロから伴走してきました。

現地パートナーの選定支援から、制度設計、社内説得まで、企業ごとの悩みに寄り添ったサポートを提供しています。

任天堂のように完璧でなくても構いません。

まずは、小さく「試し」、確実に「学び」、そして自社なりの形で「進化する」こと。

私たちは、その一歩を支える伴走者でありたいと考えています。

海外進出を「特別なこと」ではなく、「自社らしい成長の一手」に。

もしそう思われたなら、ぜひ一度ご相談ください。

小川 陽子

著者紹介 :小川 陽子 (代表取締役)

英語英文学科を卒業後、中小メーカーの国際部で海外営業に従事後独立。27年以上にわたり、1,900社以上の中小企業の海外展開を支援。国際化支援アドバイザー、海外販路開拓アドバイザー、中小企業アドバイザー(経済産業省系組織)としても活動。

これまでに35カ国での商談・出展・調査を経験。支援対象は製造・小売・サービス・B2B・B2C・D2Cなど多岐にわたり、海外投資・輸出・輸入・展示会・海外SEOなど幅広く対応。

「海外進出は"急がば回れ"。場当たりではなく、"自走できるチカラ"を社内で育て、未来の世界市場で誇れる一社を目指して——今日も中小企業の現場で伴走支援を続けています。」

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