第一生命が海外の生命保険事業に本格参入したのは2007年。
一方、明治生命は1976年、日本生命は1991年に海外で保険事業を始めていました。
なぜ第一生命は、これほど遅れて参入したのでしょうか。
当時、日本の競合企業は海外でどれほど成功していたのか。そして、その間に欧米系保険会社は何をしていたのか。
第一生命の事例から、国内の競合だけを見て海外進出を判断することの落とし穴を考えます。
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日本の生命保険会社は、すでに海外へ進出していた
第一生命が2007年に海外での生命保険事業を本格化させるまで、日本の競合他社は何もしていなかったわけではありません。
明治生命(現・明治安田生命)は、1976年にハワイの生命保険会社パシフィック・ガーディアン生命に経営参加し、1985年には完全子会社化しました。
日本生命も1991年に米国で保険事業を開始し、1997年にはタイの生命保険会社に出資しています。
ただし、両社の海外進出には、それぞれ特徴がありました。
明治生命はハワイの既存企業を取得して現地の保険市場に参入。
一方、日本生命の米国事業は、現地に進出した日系企業などの従業員を対象とする団体医療保険が中心でした。その後、タイや中国にも事業を広げています。
つまり、日本の生命保険会社は海外進出を始めていたものの、進出先も対象顧客も異なり、必ずしも同じ海外市場で競争していたわけではありません。
さらに、海外に進出したという事実と、その事業が親会社の大きな利益源に育ったかどうかは別問題です。
当時の海外事業が各社の利益に占める割合は明らかではなく、先行企業の進出実績だけで海外投資の収益性を判断することはできません。
第一生命にとって、競合他社が海外に進出していること自体が、直ちに自社も進出すべき理由になるわけではなかったのです。
その間、第一生命は国内で何を優先していたのか
1990年代後半から2000年代前半にかけて、日本の生命保険業界は非常に厳しい経営環境に置かれていました。
バブル崩壊後の低金利によって、過去に契約した保険の予定利率を資産運用の利回りが下回る「逆ざや」が深刻化。
1997年の日産生命を皮切りに、複数の生命保険会社が経営破綻しました。
第一生命も、こうした環境の中で財務基盤の強化を進めます。
2002年に800億円、2004年と2006年にはそれぞれ600億円の基金を追加募集。さらに劣後債の発行によって資本の充実を図る一方、国内では保険商品の販売体制を見直していました。
2006年12月には、銀行窓口で販売する貯蓄性商品を専門に扱う第一フロンティア生命を設立しています。
つまり、競合他社が海外で保険事業を展開していた時期、第一生命は国内の財務基盤を強化するとともに、新たな販売チャネルの開拓を進めていたのです。
もちろん、これらの取り組みが海外進出を遅らせた直接の原因だったとは限りません。
しかし、第一生命が国内の経営課題に取り組んでいた同じ時期、アジア市場では日本の生命保険会社とは異なる規模で事業を拡大する企業が現れていました。
その間、アジア市場では別の競争が進んでいた
日本の生命保険会社が国内事業の立て直しや海外での事業展開を進める一方、アジア市場では欧米系の保険会社が着実に顧客基盤を築いていました。
代表的なのが、英国のPrudentialと、米国AIG傘下のAIAです。
Prudentialは香港、シンガポール、マレーシア、インドネシアなどで生命保険事業を展開。
2005年には、アジアの生命保険事業で約1億7,500万ポンドの営業利益を計上しました。これは同社グループの長期保険事業の営業利益の約19%に相当します。
一方、AIAもアジア各国で保険商品を販売し、現地の営業網や顧客基盤を築いていました。
注目すべきなのは、両社が単に海外へ進出していたことではありません。アジアを実際に利益を生み出す事業市場として育てていたことです。
生命保険は、進出すればすぐに売れる商品ではありません。現地の営業職員や代理店を確保し、顧客との信頼関係を築き、長期間にわたって契約を積み重ねる必要があります。
つまり、海外進出を検討している間にも、先行企業は販売網を拡大し、新たな顧客を獲得していくのです。
日本国内の競合他社が海外でどれほど成功しているか。それだけを見ていては、海外市場で実際に進んでいる競争を把握できません。
そして2004年、第一生命の経営幹部は、バンコクで開催された国際会議で、その競争環境を目の当たりにすることになります。
2004年、第一生命の経営幹部がバンコクで受けた衝撃
2004年、タイのバンコクで開催された東アジア保険会議に、第一生命の渡邉光一郎氏が担当役員として出席しました。
そこで渡邉氏が目の当たりにしたのは、東アジアの保険会議であるにもかかわらず、欧米系の参加者が異様に多いという光景でした。
渡邉氏は2010年のインタビューで、当時のタイでは米国系のAIG・AIUが45%以上の市場シェアを持っていたと説明し、日本の「失われた10年」を実感したと振り返っています。
つまり、日本の競合他社がどこまで海外進出しているかという視点から、アジア市場では誰が競争をリードしているのかという視点へ。
この国際会議での体験は、渡邉氏に強い印象を残しました。
その約3年後、第一生命は具体的な行動に移ります。
2007年1月、ベトナムの生命保険会社バオミンCMGを買収。注目したいのは、ゼロから現地法人を立ち上げるのではなく、すでに営業網と顧客基盤を持つ企業を取得したことです。
買収対象企業には55の営業拠点と約6,300人の営業職員がおり、第一生命は既存の販売体制を引き継ぐ形で市場に参入しました。
さらにインドで合弁会社を設立し、2008年にはタイとオーストラリアの保険会社にも出資。海外事業を次々と拡大していきます。
しかし、進出すれば欧米系企業に対抗できるわけではありません。
渡邉氏は同じインタビューで、当初考えていた貯蓄性商品だけでは欧米系企業との差別化が難しいと認識したことも語っています。
そこで生かそうとしたのが、日本国内で培ってきた営業網の運営や保障性商品の開発ノウハウでした。
第一生命は、すでに競合企業が存在する市場に参入するため、現地企業の買収によって販売基盤を確保し、自社の強みを生かした事業展開を進めていったのです。
この事例から見えてくるのは、海外進出を判断する際、
日本国内の競合企業だけを比較対象にしていては、進出先で実際に競争する相手や、その市場で求められる自社の強みを見落としかねないという問題です。
海外進出を検討する際には、進出先を選ぶ前に、自社の目的や経営資源、参入の判断基準を整理することも重要です。
→ 海外進出を検討するとき、中小企業は何から整理すべきか?【判断整理ガイド①】
中小企業が海外進出を判断するとき、誰を競合として見ているか
第一生命の事例で注目したいのは、海外進出が早かったか遅かったかという結果だけではありません。
日本の競合他社がすでに海外へ進出していても、その企業が現地でどのような顧客を獲得し、どれほどの事業を築いているかによって、進出の意味は異なります。
さらに、日本企業同士を比較している間にも、現地企業や欧米企業は市場を開拓し続けています。
これは、海外進出を検討する中小企業にも共通する問題です。
例えば、日本の同業他社がまだ進出していない国を見つけたとします。
国内の競合がいないことを理由に、その市場には参入の余地があると判断してよいのでしょうか。
実際には、すでに現地企業や欧米・中国・韓国などの企業が顧客を獲得し、販売代理店との関係を築いているかもしれません。
日本では評価されている自社の技術や品質も、その市場では競合製品との差別化につながらない可能性があります。
反対に、日本の競合他社が進出していても、対象顧客や販売方法が異なれば、自社が参入できる余地はあります。
海外進出の判断に必要なのは、日本の競合他社が進出しているかどうかではなく、進出先の顧客が現在どの企業から何を購入し、なぜその企業を選んでいるのかを把握することです。
そのうえで、既存の競合企業に対して自社がどのような価値を提供できるのか、現地の販売網をどう確保するのかを検討する必要があります。
第一生命がベトナムで既存の生命保険会社を買収したように、海外進出の方法も、自社で一から市場を開拓することだけではありません。
国内の競合企業の動向は、海外進出を検討する際の参考情報の一つです。
しかし、実際に顧客を奪い合う相手が誰なのかは、進出先の市場を調べなければ分かりません。
海外進出のタイミングは、国内の競合だけでは判断できない
第一生命が海外の生命保険事業を本格化させた2007年には、明治生命や日本生命が海外進出を始めてから、すでに長い年月が経過していました。
しかし、その間にアジア市場を開拓していたのは、日本の生命保険会社だけではありません。欧米系企業は現地で販売網を築き、顧客を獲得し、事業を成長させていました。
第一生命はベトナムの既存企業を買収することで販売基盤を確保し、日本国内で培ったノウハウを生かして、海外事業を展開していきました。
海外進出のタイミングを判断する際に重要なのは、日本の競合他社より早いか遅いかではなく、進出先の市場が今どのような競争環境にあり、自社が参入する余地をどこに見いだせるかです。
日本の競合他社の動向を調べるだけでなく、進出先で顧客を獲得している企業と、その企業が選ばれている理由まで調べること。それが、海外進出のタイミングと参入方法を判断する出発点になります。
正しい順番で整理することが、最初の一歩になります。
海外進出を決める前に、自社の成長戦略を整理する
第一生命の事例から見えてくるのは、日本の競合他社の動向だけでは、海外進出のタイミングや参入方法を判断できないということです。
海外市場には、すでに現地企業や欧米企業などが参入し、販売網や顧客基盤を築いている可能性があります。
海外進出を決める前に、進出先の競争環境と、自社がそこで選ばれる理由を確認する必要があります。
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【出典・参考資料】
※2026年4月、第一生命ホールディングスは「株式会社第一ライフグループ」へ商号を変更し、グループブランドを「Daiichi Life」に統一しました。本記事では、当時の企業名および一般的な認知を考慮し、「第一生命」の表記を使用しています。