「ヤクルトって、なぜ海外でこんなに売れているの?」
そう思ったことはありませんか。
日本では当たり前のように知られている、小さな乳酸菌飲料。
しかし海外で見れば、最初から需要があった商品でも、世界共通の食文化に合った商品でもありません。
それでもヤクルトは、1964年の台湾進出を皮切りに海外展開を続け、現在では日本を上回る規模の海外売上をつくるまでになりました。
しかも、その道のりは「売れそうな国へ輸出した」という単純なものではありません。
国や地域によって異なる生活習慣や販売環境のなかで、現地生産・現地販売を基本としながら、長い時間をかけて市場を育ててきました。
ヤクルトの海外進出を見ていると、一つの問いが浮かびます。
「売れるかどうか」を考え続ける企業と、「売る」と決めて、その方法を考え続ける企業では、何が違うのか。
本記事では、ヤクルトがどのように海外市場を広げてきたのか、その事実を追いながら、中小企業が海外で商品を売るときに必要な「決めること」と「続けること」について考えます。
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ヤクルトの海外進出は、本当に成功しているのか?
結論からいえば、ヤクルトの海外事業は、売上・利益の両面ですでに大きな事業へ成長しています。
2026年3月期の飲料・食品事業を見ると、
- 日本:売上高 約2,296億円、営業利益 約277億円
- 海外:売上高 約2,400億円、営業利益 約363億円
となっており、海外事業は売上高だけでなく営業利益でも日本を上回っています。
海外進出の始まりは1964年の台湾です。
その後、アジア・オセアニア、米州、ヨーロッパへと展開し、現在は日本を含む40の国と地域でヤクルトを販売しています。
ただし、「世界中で同じように売れている」わけではありません。
2026年3月期の海外売上高約2,400億円の内訳を見ると、
- アジア・オセアニア:約1,362億円
- 米州:約911億円
- ヨーロッパ:約127億円
と、地域によって事業規模には大きな差があります。
ヤクルト自身も、ヨーロッパでは「生きた菌を摂取することが健康につながる」という考えを理解してもらうことが難しく、ビジネスモデルの確立に時間を要したと振り返っています。
つまり、ヤクルトの海外進出は、「日本で売れた商品を世界へ持っていったら、そのまま売れた」という成功ではありません。
約60年をかけて、売りにくい市場も含めて一つずつ事業をつくってきた結果です。
では、ヤクルトは海外で何を変え、何を変えなかったのでしょうか。
なぜヤクルトはアジアでこれほど売れているのか?
ヤクルトの海外事業で最大の市場は、アジア・オセアニアです。
2026年3月期の同地域の売上高は約1,362億円。海外売上高約2,400億円の半分以上を占めています。
販売本数を見ると、その規模がさらに分かります。
海外における1日平均販売本数(実績)は、
- インドネシア:約581万本
- フィリピン:約454万本
- 中国:約278万本
- タイ:約198万本
- 韓国:約186万本
- ベトナム:約135万本
となっています。ちなみに日本は約893万本です。
インドネシアとフィリピンだけで、すでに日本を上回る本数が毎日売れている計算です。
では、なぜこれほど大きな市場になったのでしょうか。
一つは、圧倒的に長い時間をかけて市場をつくってきたことです。
ヤクルトのアジア進出は、台湾が1964年、香港が1969年、タイと韓国が1971年、フィリピンが1978年、シンガポールが1979年、インドネシアが1991年。
「アジアで売れそうだから一気に進出した」のではなく、60年以上かけて国を増やしてきました。
もう一つ重要なのが、現在も「昔からあるヤクルト」をそのまま売り続けているわけではないことです。
中国ではピーチ風味や小型店向け6本パック、EC販売を導入。インドネシアではフレーバー商品を投入し、ベトナムでもピーチ風味の商品が販売拡大につながっています。
つまり、ヤクルトがアジアで成功した理由を「アジアの文化とヤクルトの相性が良かった」で片づけることはできません。
長い時間をかけて販売網をつくり、売れ方が変われば商品やチャネルも変え、新しい顧客を取り込み続けている。
アジアは最初から「ヤクルトが売れる市場」だったというより、ヤクルトが何十年もかけて大きな市場にしてきた、と見る方が実態に近いのです。
中南米では、なぜヤクルトレディが根づいたのか?
ヤクルトの海外展開でもう一つ大きな市場となっているのが、中南米です。
特にメキシコとブラジルは歴史が長く、ブラジルでは1968年、メキシコでは1981年に販売を開始しています。
特徴的なのが、ヤクルトレディによる宅配です。
ヤクルトはスーパーマーケットなどの店頭販売だけでなく、ヤクルトレディが家庭や職場を訪問し、商品を直接届ける仕組みを海外でも展開してきました。
この仕組みの強さは、単に「家まで届けてくれる」ことではありません。
ヤクルトのような商品は、一度買って終わる商品ではなく、継続して飲んでもらうことで日常生活の中に入っていく商品です。
そこで、
- 定期的に顧客を訪問する
- 商品を直接届ける
- 商品や健康に関する情報を伝える
- 顧客との接点を継続する
という宅配モデルが、商品の特性と非常に相性のよい販売方法になりました。
実際、メキシコでは現在も店頭販売と宅配の両方が大きな販売チャネルとなっており、ヤクルトは宅配組織の強化を継続しています。
つまり中南米で重要だったのは、「現地の文化に合わせた」という曖昧な話ではありません。
商品を毎日の習慣にしてもらうために、スーパーの棚に置くだけではなく、消費者との接点そのものを自社でつくったことです。
これは販売チャネルを増やしたというより、ヤクルトという商品の「買われ続ける仕組み」をつくった、と考えた方が近いでしょう。
そして、この仕組みがどの市場でも同じように機能するわけではありません。
それが最もよく見えるのが、次のヨーロッパです。
なぜヨーロッパではヤクルトが売れにくいのか?
アジアや米州で大きな事業を築いたヤクルトですが、ヨーロッパでは様子が大きく異なります。
2024年3月期の欧州の売上高は約103億円。アジア・オセアニアの約1,362億円と比べると、事業規模には大きな差があります。
なぜ、同じヤクルトなのにこれほど違うのでしょうか。
ヤクルト自身が、その難しさをかなり率直に説明しています。
ヨーロッパではもともと乳製品を日常的に摂取する文化があります。
その市場で、「生きた菌を摂取することが健康につながる」というヤクルト独自の価値を理解してもらうことが難しく、ビジネスモデルの確立に時間を要したというのです。
さらに大きいのが、規制です。
欧州では、プロバイオティクスに関する健康強調表示(ヘルスクレーム)が認められておらず、ヤクルト自身もこれを商品の宣伝方法を制約するリスクとして挙げています。
つまり、
- 乳製品そのものが珍しくない
- ヤクルト独自の価値を理解してもらう必要がある
- その健康価値を広告で自由に訴求できない
という難しさが重なっています。
実際、現在もヤクルトはオランダで製造し、オランダ、ベルギー、英国、ドイツ、オーストリア、イタリアで販売を続けていますが、欧州事業の規模はアジアや米州ほど大きくありません。
ここが海外進出の面白いところです。
良い商品だから売れるとは限らない。
健康価値に科学的根拠があっても、それを伝えられるとは限らない。
そして、すでに似たカテゴリーの商品が普及している市場ほど、新しい価値を説明することが難しい場合もあります。
ヤクルトほど長期間海外展開している企業でも、市場によってこれだけ結果が違うのです。
同じヤクルトなのに、なぜ国によってこれほど結果が違うのか?
ここまでを見ると、ヤクルトの海外展開には興味深い事実があります。
基本となる商品や品質は共通しているのに、地域によって売れ方が大きく違うことです。
2024年度の1日当たり販売本数は、
- アジア・オセアニア:約2,193万本
- 米州:約596万本
- ヨーロッパ:約66万本
でした。
この差を、「ローカライズが上手だった国と、下手だった国の違い」と考えるのは少し違います。
商品そのものだけでなく、
- その商品の価値が現地で理解されるか
- すでにどんな競合や代替商品があるか
- どの販売チャネルなら顧客に届くか
- 商品の価値をどこまで広告で伝えられるか
- 市場を育てるために、どれだけ時間と投資が必要か
といった条件が、国によってまったく異なるからです。
特に欧州では、プロバイオティクスに関する健康強調表示が認められておらず、ヤクルト自身が商品の宣伝方法を制約するリスクとして挙げています。
つまり、海外で売れるかどうかは「商品力」だけでは決まりません。
同じ商品でも、その価値が伝わりやすい市場もあれば、売るための前提条件そのものを長い時間をかけてつくらなければならない市場もあります。
ヤクルトの海外展開が面白いのは、ここからです。
それなら、売れにくい市場から撤退し、売れやすい市場だけに集中すればよかったのでしょうか。
ヤクルトは、そうしませんでした。
ヤクルトは「売れる国」だけを選んだわけではない
ここまで見ると、一つ疑問が生まれます。
欧州のように、商品の価値を伝えにくく、事業規模もなかなか大きくならない市場なら、撤退して売れやすい地域へ経営資源を集中した方が合理的ではないか。
しかし、ヤクルトの海外展開はその発想だけでは説明できません。
ヤクルトの企業理念は、「世界の人々の健康で楽しい生活づくりに貢献する」こと。
さらに創業者の代田稔は、乳酸菌 シロタ株を「一人でも多くの人々」に摂取してもらうため、誰もが手に入れられる価格で商品化することを重視していました。
現在もこの考え方は「代田イズム」として事業の原点に位置づけられています。
つまりヤクルトにとって海外展開は、単に「売れそうな市場を探して商品を輸出する」ことではありません。
世界の人々に商品を届けること自体が、企業理念と結びついています。現在の長期ビジョンでも、「世界の一人でも多くの人々に健康をお届けする」ことを目標として掲げています。
だからこそ、短期間で売れなければ終わり、とはならない。
実際にヤクルトは、地域によって販売規模に大きな差がありながらも、現地生産・現地販売を基本とする「現地主義」で市場の拡大と浸透を続けています。
ここに、ヤクルトの海外進出を考えるうえで重要な特徴があります。
「この国で売れそうだから進出する」だけではなく、
「世界へ届けると決めている。では、この市場ではどうすれば届けられるのか」
という順番で考えているように見えるのです。
これが、本記事でいう「売れるかどうかではなく、売ると決める」というヤクルトの海外戦略の本質です。
「売ると決めた」から、売れるまでの時間を引き受けた
「売ると決める」と聞くと、経営者の覚悟や精神論のように聞こえるかもしれません。
しかし、ヤクルトの海外展開を見ると、もっと具体的です。
ヤクルト自身、海外での事業展開を「農耕型」と表現しています。
現地に赴き、時間と手間をかけて組織や流通体制をつくり、地域とのコミュニケーションやネットワークを築いていく。
すぐに大きな売上を求めるのではなく、一人ひとりの顧客を増やしながら市場を育てる考え方です。
だからこそ、進出前にも、
- 各国の市場情報を調べる
- 現地で生活者にインタビューする
- 企業や政府機関を訪問する
- 住宅街やスーパーを実際に見る
- 市場性だけでなく課題も確認する
といった調査を行っています。
ここで重要なのは、「売ると決める=調査せず突き進む」ではないことです。
むしろ逆です。
売ると決めているからこそ、「売れなかったら終わり」ではなく、「なぜ売れないのか」「何を変えれば届くのか」を調べ続ける。
ヤクルトの海外進出で長期的に続いているのは、この部分ではないでしょうか。
「売ると決める」とは、成功を決めることではありません。
売れるまでに必要な時間、試行錯誤、投資まで引き受けると決めることなのです。
中小企業がヤクルトから学ぶべき「売ると決める」の本当の意味
ここまで読むと、
「では中小企業も、売れるまで何年でも続ければいい」
という話に見えるかもしれません。
もちろん、そうではありません。
ヤクルト自身も、新しい進出国を決める際には各国の基礎情報を集め、候補国を選び、その後に現地へ出向いて生活者へのインタビュー、企業・政府機関への訪問、住宅街やスーパーの視察まで行っています。
過去のIR資料でも、海外進出について「用心深く投資を行い、その後は回収に回る」というステップ・バイ・ステップの考え方を示しています。
つまり、「売ると決める」と「何があっても撤退しない」は、まったく違います。
中小企業がヤクルトから学べるのは、むしろ次の考え方です。
- 海外で売ることを、経営として本当に決めているか
- そのために必要な調査・人材・予算・時間を投入できるか
- 最初の方法で売れなかったとき、原因を調べて次を試せるか
- どこまで試すのか、どこで見直すのかを経営者が判断できるか
「海外でも売れそうなら売ってみたい」と、「この商品を海外事業として育てる」は似ているようで、まったく違います。
ヤクルトが「農耕型経営」と呼んでいるのも、まさにこの部分です。
自社で時間と手間をかけて地道に事業を築き、地域からの信頼を積み重ねていく。
中小企業には、ヤクルトと同じだけの資金も人材も時間もありません。
だからこそ、「売ると決める」なら同時に、
「どこまでなら、売れる方法を探し続けられるのか」
まで決めておく必要があるのです。
「売る」と決める前に、海外事業の条件を整理する
海外進出では、「海外で売りたい」という意思だけでは事業は続きません。
どの市場を狙うのか。
誰に何を売るのか。
どの販路を使うのか。
どこまで予算と人材を投入できるのか。
想定どおりに売れなかったとき、どこまで試すのか。
ヤクルトのように何十年も市場を育てられる企業と、中小企業では使える経営資源がまったく異なります。
だからこそ中小企業は、「売る」と決める前後で、自社がどこまでできるのかを具体的に設計しておく必要があります。
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